全長四百二メートル
地方怪談を扱う配信番組「境界線ラジオ」の台本には、旧国道の煤坂トンネルについて一つだけ注意があった。
《入口に書かれた全長を声に出して読んではいけない》
パーソナリティの葛籠貫志は、再生数のためなら注意書きも演出に使う男だった。二十九歳、番組開始から三年、心霊回だけ数字が伸びる。
午後十一時、車載マイクを回しながら入口へ着いた。銘板には剥げかけた白字で「全長四〇二米」とある。
「見えますか皆さん。全長、四百二メートル」
言った直後、助手席の距離計が《残り402m》に切り替わった。
貫志は笑って車を進めた。百メートル走っても残りは四〇二。二百メートル、三百メートル。窓の外には同じ退避坑が何度も現れた。生配信のコメントだけが増えていく。
〈後ろの席、誰?〉
〈今「あと一人分」って聞こえた〉
〈メーター減ってるよ〉
残り距離は四〇一・八、四〇一・六と、車の進行ではなく、貫志が話すたびに少しずつ減っていた。
彼は黙った。すると数字は止まった。エンジン音だけで進み続け、やがて出口の月明かりが見えた。車が外へ出た瞬間、距離計は《残り398.7m》で固定された。
配信アーカイブを確認すると、坑内で貫志が発した言葉はすべて別の声に置き換わっていた。
「四百二メートル」
「三百九十九メートル」
「三百九十八メートル」
その声は、息を一回吐くごとに近づいていた。
翌週から、車でも電車でも、貫志のスマートフォンは目的地までの距離を《残り398.7m》と表示するようになった。自宅へ着いても、会社の机に座っても変わらない。
一か月後、番組収録中に数字が初めて減った。貫志が「こんばんは」と言うと三九八・五。「境界線ラジオです」で三九八・一。
彼はマイクを切った。それでもスタジオのスマートスピーカーが勝手に起動した。
「音声案内を開始します」
無機質な声が、彼の残り距離を読み上げる。
《目的地まで、あと零・二メートルです》
貫志の背後で、トンネルの退避坑と同じ黄色い非常灯が点いた。
ナビは最後に、いつもの到着案内を流した。
《まもなく出口です。車外には出ないでください》