六十秒遅い救援
鏡味ユララが救援地点へ着いたとき、斥候はすでに谷底へ落ちていた。
《遅延ギルドチャット》
送信された発言は六十秒後に全員へ表示されます。
表示時刻は送信時刻ではなく受信時刻です。
画面には斥候の最後の言葉が残っている。
《22:14:00 助けて》
《22:14:05 ユララが敵を誘導した》
ギルド員たちは彼女を囲んだ。ユララは22時13分に「右の橋へ逃げて」と送ったはずだ。だが履歴では、その発言が22時14分に表示され、まるで救援を装って罠へ誘導したように並んでいる。
団長が剣を抜く。
「斥候本人の告発だ。言い逃れできない」
ユララは谷の縁へ近づき、チャット入力欄を開いた。
《今、団長が私を殺そうとしている》
送信しても表示されない。
「六十秒待って」と彼女は言う。
団長は待たずに斬りかかる。ユララは防ぎながら、斥候の発言間隔を見直した。二つの文が五秒差で表示されているなら、送信も五秒差。だが斥候は最初の「助けて」を送った時点で谷底へ落下中だった。五秒後に相手を確認し、文章を打てるはずがない。
誰かが斥候のアカウントから送った。
六十秒後、ユララの新しい発言が表示される。同時に団長の頭上へ自動返信が出た。
《この発言への直前返信者:ギルドマスター》
《返信内容:黙って死ね》
団長は遅延を利用し、斥候を殺した後でアカウントを操作し、告発の順序を偽装していた。受信時刻しか見ない者には、未来から届いた証言に見える。
谷底から斥候の生存信号が点灯する。ユララは団長を追わず、救助索を下ろした。
《斥候救助成功》
《遅延通信の送信端末を照合》
救助された斥候は、谷底で意識を失う直前まで端末を握っていた。団長はその指を使い、二通目を送ったという。
ユララの「右の橋へ逃げて」は罠ではなかった。送信時には右橋が安全で、六十秒後の受信時には崩れていた。正しい情報でさえ、届く時刻を隠せば裏切りの証拠に変えられる。
彼女はチャット履歴へ送信時刻の併記を要求した。斥候は最後の告発を削除せず、その横へ自分で注記する。
《この言葉は、私の手で送られていない》
遅れて届く言葉ほど、誰がいつ口にしたかを確かめなければならなかった。
《裏切り者を確定――六十秒後の言葉ではなく、六十秒前に他人の口を奪った者》