冷房が止まる七分間
澄佳のエアコンは、二時間ごとに七分だけ止まる。
省エネ運転の仕様らしい。表示温度は変わらないのに、午前二時になると室外機の回転がゆっくりほどけ、最後に小さく震えて黙る。
その七分が、澄佳は苦手だった。
部屋の音が消えすぎるからだ。冷蔵庫の唸り、時計の針、ノートパソコンの熱を逃がすファン。仕事を終えたあとまで、何かが動いていないと、自分だけが止まってしまったように感じる。
今夜も室外機が止まった。
澄佳は椅子を離れ、ベランダへ出た。昼の熱が床に残り、手すりはぬるい。町の空調機も順番に休むらしく、向かいの建物から低い音が一つ消え、少し遅れて隣の屋上からも消えた。
一分。
遠くで信号機の案内音が鳴る。
二分。
道路を一台だけ車が通り、タイヤの音が角を曲がって薄くなる。
三分。
下の階から、誰かの鼻歌が聞こえた。
歌詞のない四音だけだった。低く始まり、一つ上がり、同じ音へ戻る。洗濯物を取り込んでいるのか、植木に水をやっているのか、姿は見えない。四音はもう一度繰り返され、それから途切れた。
澄佳は続きを思い出そうとしたが、知っている曲ではなかった。
四分。
どこかのガラス戸が閉まる。
五分。
自分の部屋の冷蔵庫が動き始める。
六分。
汗が首筋を流れた。
七分目に、室外機が低く唸り、羽根が回り出した。冷えた風が部屋のカーテンを押し、机の上の付箋を一枚落とす。
澄佳は拾わなかった。
窓を閉めれば、いつもの温度へ戻る。それでも今夜は、リモコンの停止ボタンを押した。代わりに網戸だけを残し、床へ薄いマットを敷く。
ノートパソコンの蓋も閉じると、内部のファンが少し遅れて止まった。澄佳の周りから回転するものがまた一つ減る。暗い天井には車のライトが一度だけ流れ、誰の部屋にも留まらず消えた。静けさは、澄佳だけへ向けられたものではなかった。
聞こえるのは冷蔵庫と、遠い車と、もう歌わない誰かのいた静けさだった。
澄佳は七分より少し長く、何も動かさない時間の中に横になった。