冷蔵庫のプリン

「会社の冷蔵庫にプリンがあるから、捨てておいて」

金森碧は、病室で笑ってしまった。

同期の頼み事にしては小さすぎた。部署の引き継ぎでも、机の私物でもなく、四階給湯室の冷蔵庫にあるコンビニプリン。賞味期限は明日だという。

「食べればいいじゃん」

「新商品の、固めって書いてあるやつ。買った日に入院したから」

「じゃあ私が食べる」

「捨ててって頼んだ」

同期は目を開けたまま、譲らなかった。医師から残りの日数を聞いたばかりなのに、二人の間にある問題はプリン一個だった。

碧は面会後、会社へ戻った。二十一時のフロアには、空調とコピー機の待機音しかない。同期の机には、付箋を剥がした四角い跡と、誰も受け取っていない社内便が残っていた。片づけるよう頼まれてはいないので、触らなかった。

給湯室の冷蔵庫を開けると、共有の調味料の奥に、茶色い蓋のプリンがあった。油性ペンで同期の名字が大きく書かれている。隣には二人で作った採点表が磁石で留めてあり、「固さ」「卵」「カラメル」の三項目が並んでいた。最後の一行だけ空白だった。

捨てるだけなら十秒で済む。

碧は蓋をつまみ、ゴミ箱の前まで運んだ。透明な容器の底には、濃いカラメルが見えた。新商品が出るたびに二人で半分ずつ食べ、勝手に点数をつけていた。同期は固いプリンに厳しく、卵の味が薄いとすぐ六十点にした。

捨てて、という言葉は、食べて感想を送る必要はないという意味なのだろう。返信を待たなくていいように。

碧は蓋を開けた。

スプーンは使わず、給湯室にあった小さな木べらで一口すくった。確かに固い。卵の匂いが強く、カラメルは少し苦い。

採点表の前まで戻り、ペンを持った。固さは八十、卵は九十、カラメルは七十。いつもなら平均を出して写真を送る。碧は三つの空欄を眺め、結局どこにも数字を書かなかった。頼まれたのは評価ではなく、冷蔵庫からなくすことだった。

スマートフォンを出しかけて、しまった。点数はつけない。

残りも全部食べ、容器を水ですすいだ。名字の書かれた蓋を二つに折る。

空の容器と一緒にゴミ箱へ落とし、足元のペダルから靴を離した。