初雪の駅長
山間の無人駅に、初代駅長の写真が飾られていた。
黒い制服に丸い帽子、口元はきつく結ばれている。
町の子どもは、夜になると写真から出て切符を調べると噂した。
実際には、初雪の日だけ話した。
しかも、一人につき質問は一つだけだった。
退職した男性は、その年の初雪に駅を訪れた。
東京にいる息子とは十年会っていない。
妻の葬儀で口論し、「二度と帰るな」と言ったのは自分だった。
謝ろうと思うたび、今さら何を話せばいいか分からなくなった。
写真の駅長が、帽子のつばを少し上げた。
「切符はどちらまで」
男性は驚き、
「東京」
と答えた。
駅長は黙った。
「質問は私がするんじゃないのか」
「今のが一つ目だ」
「そっちが聞いたんだろ」
「乗客は、行き先を答えるものだ」
男性は腹を立てた。
聞きたかったのは、息子がまだ会いたいと思っているか、妻が許しているか、行くべきかどうかだった。
駅長は写真の中で動かない。
ホームへ出ると、雪が線路を白くしていた。
この駅から東京まで直通列車はない。
乗り換えが三回必要で、昔なら面倒だと諦めた距離だった。
券売機へ金を入れた。
画面に東京の文字を出したまま、購入ボタンを押せない。
「戻る切符も買えるのか」
写真へ向かって尋ねた。
駅長は答えた。
「それが二つ目だ」
一人一問のはずだった。
男性は笑った。
「規則違反だぞ」
「初雪で線路が見えにくい。数え間違えた」
駅長はそれきり話さなかった。
男性は往復切符を買った。
翌朝、息子の住所まで行った。
呼び鈴を押すと、小学生くらいの子どもが出た。
男性を見て、
「駅の写真の人に似てる」
と言った。
息子は後ろから現れ、長いあいだ何も言わなかった。
男性は用意した謝罪を忘れた。
切符を見せ、
「戻る分も買ってきた」
と言った。
息子は笑わなかった。
ただ、玄関を少し広く開けた。
帰郷した夕方、雪はやんでいた。
駅長の写真はまた厳しい顔に戻っている。
男性は往路の切符だけを額の下へ置いた。
復路の切符は使った。
けれど次の春、今度は息子と孫が同じ線路を反対向きにやって来た。
初雪を待たず、男性はホームで二人を迎えた。
行き先を聞く必要はなかった。