十七階の入退室記録
葉山崎美篠が夫の御影森壮吾へ問いただしたとき、常盤井麗佳は平然としていた。
「十七階の部屋は、会社の打ち合わせ用です。奥様が疑うような場所ではありません」
壮吾も同意した。
「育児で世間から離れてると、何でも浮気に見えるんだな」
美篠は会議室のモニターへ、一か月分の入退室表を映した。
十七階は会社が借り上げた接待用マンションだった。電子錠は社員証とスマートフォンの二重認証。壮吾と麗佳は、深夜から早朝まで四十二回入室していた。顧客が同席した記録は一度もなかった。会議予約表も空白で、二人が持ち込んだ飲食物だけが毎回清掃記録へ残っていた。
「仕事をしていた」と壮吾は言う。
監査担当が次の映像を再生した。エレベーター内の防犯カメラでは、二人が抱き合い、酒と私物を運び込んでいる。室内清掃の点検写真には、二人の名前入りの贈り物まで残っていた。
麗佳は、美篠が会社へ押しかけてデータを盗んだと訴えた。
「私は何も取りに来ていません」
美篠の隣にいた弁護士が説明する。彼女は証拠保全を申し立て、会社が正式に調査した。宿泊記録、配車履歴、メッセージのバックアップも、裁判手続きで取得済みだった。
監査担当は二人の経費一覧を開く。接待費、清掃費、深夜交通費。私的利用の総額は七百万円を超えていた。
会社は壮吾と麗佳を懲戒解雇し、返還請求と損害賠償を決定。美篠の代理人は、二人へ慰謝料請求と財産仮差押えの通知を渡した。
壮吾は椅子から立ち上がった。
「美篠、子どものためにやり直そう」
「子どものために、嘘をつく人とは暮らさない」
そこへ壮吾の両親から電話が入る。父は息子を家業の取締役候補から外し、実家への出入りも認めないと告げた。
監査担当が社員証を端末へかざす。壮吾、麗佳の順に赤い表示が灯った。
〈十七階アクセス権限――失効〉
二人の鍵が同時に無効になった瞬間、世間知らずと笑われた美篠だけが、家庭と未来の扉を自分の手で開けられることになった。