十三人目の切符
冬木怜司が最終電車で切符を数えると、いつも十二枚しかなかった。
乗客は十三人いる。終点まで五分。零時を回ると車内が暗転し、怜司はまた先頭車両のドア前に立っている。
「切符を拝見します」
同じ言葉を告げるたび、窓際の老女が咳をし、学生の鞄から黒い羽根が落ちる。十二人の切符には鋏の跡がつく。十三人目だけが、次の周回では別の顔になった。
一周目は羽根を落とした学生を降ろした。暗転。
二周目は切符をなくした会社員を拘束した。暗転。
三周目は全員の名前を聞いた。十三番目の乗客は、怜司と同じ姓を名乗った。
「冬木澄花。八歳」
少女は、車掌室の隅に座っていた。赤い靴、黄色い髪留め。怜司には娘はいない。結婚すらしていない。それなのに彼女の寝顔も、嫌いな野菜も、発熱した夜の重さも知っていた。
「切符を拝見します」
「お父さんが持ってるよ」
胸ポケットを探ると、業務用の検札鋏と、子供料金の切符が一枚出てきた。行先は〈ありえた未来〉。裏には、五年前に別れた恋人の字で「乗らなかった人生」とある。
怜司は理解した。十三人目は無賃客ではない。自分が選ばなかった未来を、最終電車へ持ち込んでいるのだ。未練が顔を借り替えるたび、切符の枚数が合わず、運行がやり直される。
終点へ着く条件は十三枚すべてに鋏を入れること。ただし最後の一枚を無効にすれば、その未来を思い出す力も失う。
少女が黒い羽根を拾い、怜司へ差し出した。
「次は、ちゃんと乗る?」
恋人へ電話すれば、まだ間に合うかもしれない。謝り、やり直し、似た未来を作ることはできる。だがそれは少女を現実へ引き戻すことではない。怜司自身が、この五分から逃げる口実にするだけだ。
「乗らない」
怜司は子供切符に鋏を入れた。半月形の穴が、少女の名前を切り取った。
車内灯は消えなかった。乗客は十二人になり、黒い羽根だけが床を転がった。
終点で扉が開く。怜司は黄色い髪留めを握っていたが、それが誰の物か分からない。胸の奥に、家一軒分ほどの空白がある。
「切符を拝見します」
回送電車の誰もいない座席に向けて、癖だけが口から出た。怜司は髪留めを遺失物箱へ入れ、鍵をかけた。