十三階と十四階のあいだ

「料理の学校なんか認めない」

 父がそう言った直後、エレベーターが止まった。

 十三階と十四階のあいだ。非常灯だけが、父と息子の顔を青く照らした。

「縁起悪」

「ボタンを連打するな」

「何でも命令すんなよ」

 通話口から、復旧まで四十分ほどかかると告げられた。

 二人は向かいの壁に座った。

 息子は高校卒業後、調理の専門学校へ進みたい。父は大学へ行けと言う。夕食のたびに同じ話になり、最後は必ず「お前の将来を思っている」で終わった。

「父さんは、俺の作ったもの食べても、うまいって言わないよな」

「味の話と進路は別だ」

「逃げるなよ」

「逃げてない」

 父の声が少し震えていた。

 非常灯が一度暗くなると、父は膝を抱えた。息子は初めて、父が狭い場所を怖がると知った。

「大丈夫?」

「大丈夫だ」

「息、速いけど」

「見れば分かることを言うな」

 息子は調理実習で習った呼吸法を思い出し、四つ数えて吸い、六つ数えて吐くよう促した。

「料理と関係あるのか」

「火の前で焦ったとき用」

 二人で数えた。十回ほどで、父の肩が下がった。

 やがて父が言った。

「会社が、来月なくなる」

 息子は顔を上げた。

「大学なら奨学金や就職の道が多い。料理を反対したのは、不安定だからじゃない。俺が学費を出せなくなるのが怖かった」

「それ、先に言えよ」

「親が、金がないと子どもに言えるか」

「言えよ。俺の将来なんだろ」

 息子は鞄から専門学校の資料を出した。給付型奨学金のページに付箋があり、夜間の店で働く計画も書いてあった。

「父さんに頼らないって意味じゃない。一緒に考えるって意味」

 父は資料を長く見た。

「料理人になれる保証はないぞ」

「会社だってなくなるんだろ」

「痛いところを突くな」

 復旧の音がし、箱がゆっくり上がり始めた。

 十四階で扉が開いた。父は立とうとして、脚に力が入らなかった。息子は黙って腕を貸した。

「学校を認めたわけじゃない」

「俺も大学を諦めた理由、全部話したわけじゃない」

「続きは?」

「夕飯作りながら」

 その夜、父は息子の作った焦げた炒飯を食べた。

「どう?」

「塩が多い」

「それだけ?」

 父は水を一口飲んだ。

「でも、もう一度食べてから決める」

 進路も、父の仕事も、何一つ解決していなかった。

 ただ二人は、十三階と十四階のあいだに置いてきた沈黙を、もう家へ持ち帰らなかった。