十九秒早く閉じた空

【転送門オルタ・閉鎖事故記録】

目的地――海洋惑星セレア

予定通過者――ネイラ・コーン、ヴェルト・サイン

閉鎖時刻――予定より十九秒早い

ネイラは門を通過した。

ヴェルトは通過できなかった。

彼が遅れた理由は、搭乗橋で倒れた子どもへ自分の酸素筒を渡したためだった。

十九秒あれば、二人とも向こう側へ行けた。

だが太陽嵐を検知した門は、自動で閉じた。

再起動の予定はない。

セレアと出発地を結ぶ通信は、閉鎖後三分だけ残った。

二人の姿が、ノイズだらけの画面に映る。

「次の船は?」

ネイラが訊いた。

「四十六年後。別の恒星へ行く船だ」

「セレア行きは」

「これが最後だった」

ネイラは海洋生態技師として、セレアの海を安定させる役目がある。

門を逆行する装置はなく、帰れない。

ヴェルトは出発地の軌道都市へ残り、老朽化した生命維持区画を修理することになる。

「四十六年、待って」

ヴェルトが言った。

「行き先が違うでしょう」

「通信は送れる」

「片道二十三年かかる」

「返事が来るまで生きる」

「私たちの人生を、届くか分からない返事の箱にしないで」

残り二分。

ヴェルトは笑った。

「君はこういうとき、正しいことを言う」

「嫌い?」

「今は少し」

ネイラも笑った。

セレアの青い海が、彼女の背後で光っていた。

二人で見るはずだった景色だった。

「私が戻れないことを、あの子を助けたせいにしないで」

「しない」

「自分を責めないで」

「それは約束できない」

「では、いつか責めるのをやめて」

残り一分。

「好きだ」

ヴェルトが言う。

「私も」

「別れたくない」

「私も」

「じゃあ、別れなければ」

「別れないまま四十六年を待ったら、私たちは今日から先を生きられない」

画面が乱れた。

通信の残り時間が赤く点滅する。

ネイラは掌を画面へ置いた。

ヴェルトも重ねた。

触れられない掌の間に、十九秒があった。

「さようなら」

ネイラが言う。

「十九秒遅れて言う」

「届かないよ」

「それでも」

通信が切れた。

ヴェルトの「さようなら」は、音にならなかった。

数年後、セレアの最初の湾に子どもたちが泳いだ。

ネイラは海を見守りながら、門の閉じた日の記録を削除しなかった。

出発地では、ヴェルトが酸素を渡した子どもが成長し、生命維持技師になった。

彼もまた、あの日の十九秒を事故ではなく、誰かが生きるために使われた時間として覚えるようになった。

二人は再会しなかった。

空が閉じたのは十九秒早かった。

けれど別れの言葉だけは、二人の人生へ届くまで何年もかかった。