十二年遅れの引っぱりっこ

赤いロープは、色が抜けて桃色になっていた。

小茂田央介がそれを老犬の鼻先へ置くと、久世峰佳は首を振った。

「センダンはもう、ほとんど匂いがわからないんです」

災害救助犬センダン、十五歳。かつて瓦礫の山を走った脚は細くなり、今は毛布の上で呼吸するだけだった。

央介は十二年前の地震で、倒壊した保育園に十九時間閉じ込められた。五歳だった彼が覚えているのは、暗闇と喉の渇き、それから隙間の向こうに現れた黒い鼻だけだ。

センダンは瓦礫を掻き、吠えた。救助隊が「生存者あり」と叫んだ。峰佳は発見の褒美として、赤いロープのおもちゃを投げた。

だがセンダンがくわえるより先に、瓦礫から運び出された央介がそれを掴んだ。混乱した彼は、ロープを胸に抱いたまま救急車へ乗った。誰も取り返そうとはしなかった。

「ずっと持っていたの?」

峰佳の問いに、央介はうなずいた。

眠れない夜、両端を握った。転校先で「奇跡の子」と呼ばれた日も、母に生き残ったことを泣いて謝られた日も、ロープを引いた。向こう側にはいつも、暗闇で自分を見つけた犬がいる気がした。

高校生になった春、新聞でセンダンの引退後を知った。会いに行こうと何度も思った。それでも怖かった。自分が元気でいることが、助からなかった人たちへの裏切りに思えたからだ。

「今日、やっと来られました」

央介は老犬の前に膝をついた。

「僕、見つかったあとも、ちゃんと生きたよ」

進学先も決めた。友達もできた。母とは昨日、初めて地震の日の話を最後までした。

「だから、これは返す。ご褒美、十二年も遅れてごめん」

センダンは動かなかった。

峰佳が目を伏せた、そのときだった。

老犬の鼻が一度ひくつき、前脚が毛布を掻いた。歯が、赤いロープの端をそっと挟んだ。

央介は反対側を握った。

力などほとんどない。それでもロープは、ほんの少し張った。

「そうだよ。僕だよ」

センダンの尻尾が床を叩いた。一回、二回。瓦礫の下で聞いた音と同じだった。

央介は泣きながら、弱い力で引き返した。

「今度は僕が、君を見つけた」

しばらくしてセンダンは目を閉じた。ロープは緩んだが、央介は手を離さなかった。

十二年前に途中で終わった引っぱりっこは、夕暮れまで続いた。