十二弦目の請求書

朧月森瑛梧の音楽室から、十二弦ギターが消えた。

祖父の代から受け継いだ特注品で、国内に同型は三本しかない。大学時代の友人・竜胆ヶ丘鷹絃は、ライブのたびに「友達なんだから貸して」と頼み、断られると「飾っておくより俺が鳴らしたほうが楽器も喜ぶ」と言っていた。

週末、鷹絃の配信ライブに、そのギターが映った。

瑛梧が会場へ向かうと、演奏中にストラップが外れ、楽器は舞台から落下した。ネックは折れ、共鳴胴にも大きな亀裂が入った。

鷹絃は客席へ向かって笑った。

「古い楽器だから寿命だな。友達のだし、あとで謝れば平気」

楽屋で瑛梧が返還を求めると、鷹絃は五万円を差し出した。

「中古ギターなんてこんなもんだろ。宣伝でフォロワーも増えたんだから、差し引きプラスだよ」

瑛梧は製作家の鑑定書を見せた。

楽器は著名な職人の初期作で、保険評価額は一千五百万円。祖父が録音した民謡アルバムにも使われ、来月から音楽博物館へ長期貸与する契約があった。

鷹絃は偽物だと疑った。

ところがギター内部の刻印、木材の年輪、修復履歴、ライブ映像の製造番号がすべて一致した。さらに、鷹絃が瑛梧の家へ入った方法も分かった。合奏用アプリへ保存されていた古いスマートロックコードを勝手に使っていたのだ。

ライブ主催者は、借用証明のない高額楽器を持ち込み、破損後も演奏を続けたとして、鷹絃との出演契約を解除した。配信収益は保全され、損害賠償の一部へ充てられることになった。

鷹絃は泣きそうな顔で言った。

「音楽仲間だろ。楽器より友情を取れよ」

瑛梧は折れたネックを箱へ収めた。

「友情は、鍵を盗んで持ち出すための借用書じゃない」

修復は可能だったが、価値の減少と博物館展示の延期を含め、賠償額は九百万円で合意された。鷹絃は機材一式と車を売却し、残額を分割で支払う。

製作家が十二本目の弦を張り直し、鷹絃の配信収益へ差押え手続きが開始された瞬間、友達ならただで鳴らせると思った男には、一音出すたび思い出す請求額だけが残った。