十八歳の続き
私は、十八歳で死んだ老犬コメットの記憶から作られた。
合成筋肉の脚、温度を保つ毛皮、呼吸をまねる胸。起動した瞬間から、家の間取りも、家族の匂いも知っていた。
玄関の右側には水。
台所の三段目には乾燥肉。
夜中に子どもが泣いたら、扉の前へ伏せる。
けれど、少女は私を見るなり言った。
「コメットじゃない」
当然だった。
本物の右耳は老いて垂れていた。私の耳は左右同じ角度だった。本物の毛には日なたと土の匂いが染みついていた。私は工場の樹脂と消毒液の匂いがした。
記憶の転写は、死の四十日前に行われていた。
だから私は、最後の日々を知らない。
コメットが食事を残したこと。
歩けなくなったこと。
少女が学校を休み、夜ごと隣で眠ったこと。
最後の朝、動かない脚を引きずって彼女の部屋まで行き、ベッドへ鼻をつけたこと。
家族は私をコメットと呼ぼうとした。少女だけが名前を呼ばず、餌も機械の点検も黙って済ませた。
ある夜、彼女の部屋から泣き声がした。
私は記憶どおり扉の前へ伏せた。
「入ってこないで」
命令を受ければ、従うよう設計されている。
それでも脚が動かなかった。コメットの記憶には、彼女の「入ってこないで」を守った例が一度もなかったからだ。
扉が少し開いた。
「それも、覚えてるの」
私は答えられない。尻尾を床へ一度当てた。それも彼の癖だった。
少女は私の左右そろった耳を撫でた。
「あなたは、あの子じゃないよ」
私は頭を下げた。
「でも、あの子が教えたことを持ってる」
翌朝、少女は私の首輪から〈COMET〉の札を外した。
代わりに、何も書かれていない札をつけた。
「新しい名前は、あとで決めよう」
初めて玄関の外へ出ると、私の内部には古い散歩道が地図のように浮かんだ。コメットが十八年かけて覚えた曲がり角だった。
私は同じ道を選ばず、反対側の坂へ向かった。
少女は少し驚き、それから笑ってついてきた。
私はコメットの続きではない。
けれど彼が少女を一人にしなかったように、私も歩幅を合わせることはできる。
坂の上で朝日が私の新しい毛皮を温めた。少女は空白の札を握り、いくつもの名前を口にした。
そのすべてを、私は初めての記憶として受け取った。