午前三時の投薬札
新人看護師の早乙女環は、夜勤明けの処置室に呼び出された。
主任の芦原真琴が、空になった強心剤の瓶を机へ叩きつける。
「患者に倍量を投与したでしょう。あなたの名札で薬品庫が開いている」
周囲の看護師が環を見ないふりをした。真琴は三か月、環だけ休憩を外し、ナースコールの電池を抜き、記録を破棄させ、失敗すれば「新人のため」と始末書を書かせてきた。
「私はその時間、救急搬送に同行していました」
「言い訳はいい。あなたが辞めれば病院は丸く収まる」
真琴は退職届を置き、環の手へペンを押しつけた。
そこへ医療安全管理室の職員が入る。真琴は被害者のような声を出した。
「ちょうどよかった。この子が危険な投薬を」
環は自分の名札を外して、机に置いた。
「その名札は、昨日から無効です」
表面の写真は環だが、裏面の認証色が白い。紛失届を出した時点で停止された旧名札だった。
真琴の顔から色が消える。
薬品庫の端末を開くと、午前三時に旧名札をかざした者の映像が表示された。真琴が環のロッカーから盗んだ名札を使い、強心剤を取り出している。しかも扉が開かなかったため、自分の主任カードで「例外解除」を承認していた。
「教育のためよ。隠す場所が悪いから」
「いまの説明も記録されています」
環が天井を指す。処置室は重大事故の聞き取りに使われるため、入室と同時に自動録音される。真琴は環へ退職を迫った言葉も、名札を盗んだと認める言葉も、自分で残した。
管理室職員はさらに、過去の勤務表を広げた。環だけが法定休憩なしになった修正履歴は、すべて真琴の電子署名だった。
真琴は扉へ向かったが、病院長と警備員が塞いだ。
「新人を守るためだったの。少し厳しくしただけ」
環は退職届を二つに折り、真琴の前へ返す。周囲で目を逸らしていた看護師たちも、一人ずつ過去の勤務表を管理室へ差し出した。
病院長が決裁済みの文書を開いた。
「芦原真琴。職権濫用、窃盗、医薬品不正持ち出しおよび証拠捏造により、懲戒解雇とする」