午前二時の水槽
午前二時の水槽は、部屋でいちばん規則正しかった。
片桐が眠れずに起き上がると、濾過器の小さな羽根が水を回していた。こぽ、こぽ、と泡が上がり、水面の青い光が天井へ揺れる。エアコンは弱く風を送り、ブラインドの端だけを触っている。
水槽には、妹が引っ越しのあいだ預けていった一匹の金魚がいる。「二週間だけ」と言われて、もう三か月だった。妹の新居はペット不可で、次の部屋を探すと言いながら、最近はその話をしなくなった。
片桐も催促しなかった。金魚がいるから寂しくない、と言うほど好きになったわけではない。餌をやり、水を替え、濾過器の音を確かめる。それ以上の役割を持たせるのは、金魚にも自分にも重い気がした。
こぽ、こぽ。羽根が回り、天井の光が揺れる。
向かいのマンションの窓が一つ点いた。薄いカーテン越しに腕が伸び、小さな四角い水槽らしいものへ手を入れた。人影はすぐ引っ込み、窓辺に残った光の中で、水草だけが動いていた。
同じ時刻に同じことをしているのかもしれない。魚か、植物か、ただのガラス容器かは分からない。片桐は目を凝らさなかった。知らない部屋の暮らしを、都合のよい物語にする必要はない。
それでも窓辺の水が一度揺れたことだけは残った。向こうの容器にも朝まで必要な水位があり、こちらの水槽にも同じように濾過器の仕事がある。二つを結びつけなくても、夜の中に水の場所が複数あると分かれば十分だった。
こちらの金魚が一度だけ水面へ口を出した。片桐は餌の容器へ手を伸ばし、時刻を見て戻した。夜中に余分なものを与えなくても、朝まで水は回る。
向かいの窓が消える。水槽の青だけが天井に残った。
片桐は妹への「そろそろどうする?」という下書きを閉じた。明日の昼に聞けばいい。返事が曖昧なら、そのとき自分が飼うかどうか決めればいい。今夜、金魚に答えを背負わせなくてよかった。
金魚は片桐の気持ちに気づかず、ガラスの角を一周した。右へ曲がり、泡の下を通り、また同じ場所へ戻る。その反復は閉じ込められているようにも、落ち着いているようにも見えた。見方を一つに決めるのは、昼になってからでも遅くない。
濾過器の音を残し、水槽の照明だけ消した。暗くなっても羽根は回り、泡は同じ間隔で上がる。片桐は布団へ戻った。誰かの水槽もどこかで静かになったと思うだけで、この部屋の夜を一人で見張らなくてもよさそうだった。