午前六時の緑の丸

亜澄は、目覚ましより先に仕事用チャットを開く。

午前六時でも、誰かの名前には緑の丸がついている。海外支社とやり取りする先輩、朝型の同期、夜更かししたままの後輩。亜澄はその丸を見ると、布団の中で一行だけ返信した。自分ももう働いている、と証明するためだった。

証明は一行で終わらない。返信すれば別の質問が来て、七時にはノートパソコンを開き、始業前に疲れている。それでもチームの稼働状況を見るたび、自分だけ眠っているのが怖かった。

水曜日の朝、亜澄は六時十二分に目を覚ました。画面には未読が十九件。同期の名前は緑で、昨夜提出した資料へのコメントも届いていた。

〈急ぎではありません。今日中で大丈夫です〉

「大丈夫です」の文字を、亜澄は急げという意味に読み替えた。指が返信欄へ向かう。すぐ確認します、と打って、送信の手前で止まった。

窓の外では、ごみ収集車の音が遠くを曲がっていく。台所の電気は消えたまま。昨夜用意したマグカップが、水切り籠で逆さになっていた。

緑の丸を保つため、歯を磨きながら返信したことも、浴室へスマートフォンを持ち込んだこともある。返事が二分遅れただけで謝り、休日の昼寝から起きると履歴をさかのぼった。誰も命じていないのに、いつでも捕まる人であることを、自分の価値のように磨いていた。灰色になる直前、亜澄は胸の奥に小さな罪悪感が灯るのを感じた。

亜澄は入力した文を消し、自分の状態表示を「オフライン」に切り替えた。緑の丸が灰色になる。休暇を取るわけでも、仕事を投げ出すわけでもない。ただ、始業時刻まで接続しない設定にした。

未読の数字は残った。同期の丸も消えない。亜澄はスマートフォンを寝室に置き、台所で湯を沸かす。

七時五十分、トーストを食べ終えてからチャットを開いた。世界は十九件の未読のまま、壊れずに待っていた。返信欄に「九時から確認します」と入力する。

送ったあと、自分の丸はまだ灰色だった。亜澄はそれを直さず、八時五十九分までマグカップを両手で包んでいた。