午後三時七分の電話

水道メーター会社の新人営業、稲村沙月は、電話に出る声だけは褒められていた。だから入札の日も、先輩たちが会議室へ籠もる間、営業部の電話番を任された。

午後三時七分、内線が鳴った。

「本命は西浜。四千八百六十一万。そっちは六十二万で出してあるな」

年配の男の声だった。沙月が名乗ると、相手は息を呑み、無言で切った。番号表示には、地区設備協会の代表番号が残っていた。

開札は三時半。自社の入札額は四千八百六十二万円だった。西浜計器が四千八百六十一万円で落札候補になった。差は一万円。電話の声は、封筒が開く二十三分前に、両社の数字を知っていた。

沙月が部長へ報告すると、顔色を変えたのは驚いたからではなかった。

「聞き間違いだ。履歴も消しておけ」

会社の電話は品質管理のため全通話を自動録音している。新人研修で、沙月自身が設定を教わっていた。部長はそれを忘れていた。

翌日、市の落札決裁会議に各社の説明担当が呼ばれた。沙月は部長の後ろで資料を持っていた。市の委員長が契約承認を求めると、部長は「異議ありません」と答えた。

沙月は録音端末を机に置いた。再生ボタンを押すと、会議室に昨日の声が流れた。『本命は西浜。四千八百六十一万』。続いて端末が、録音時刻を機械音声で読み上げた。十五時七分十二秒。

委員長は開札記録の十五時三十分と見比べた。部長が沙月の腕を掴みかけたが、市の監査委員がその手を制した。

市の監査委員はその場で通信記録を照合した。発信元は設備協会二階の会議室。通話の直前、協会から西浜計器と沙月の会社へ、それぞれ三十秒ずつ電話がかけられていた。録音の後半には、受話器から離れた声で「番号を間違えた、若いのが出た」と聞こえていた。部長は聞き間違いだという説明をやめ、机の木目を見つめた。沙月の端末だけが、通話時刻を静かに表示し続けた。

契約書の上に置かれた印鑑は、録音が終わっても持ち上がらなかった。