卒業式は二つの時間で
恒星航行学院の卒業証書には、二つの日付が印字される。
学院標準時。
そして、配属先で経過する固有時間。
ケルシア・レムの配属は、光速航路船〈アレフ〉。
彼女にとって十二年の任務だが、太陽系では二百八十六年が過ぎる。
バルヌ・イオドは地球再生局へ残る。
海を浄化し、森林を戻す、三十年計画の技師だった。
二人は学院一年目から恋人だった。
最終学年の初日、卒業式で別れると決めた。
「同じ配属を希望すればよかった」
バルヌが言う。
「あなたは閉鎖船が嫌いでしょう」
「ケルシアは地球へ残れた」
「星を渡るために入学したのに?」
どちらも相手の夢を、自分との未来へ交換させたくなかった。
卒業までの一年、二人は〈同窓会箱〉を作った。
開封日は二百八十六年後。
写真、制服の徽章、食堂のまずいスープのレシピ、互いへの映像を入れた。
「誰が開けるの」
ケルシアが訊く。
「君が帰還したら」
「バルヌは?」
「生きてない」
「平気な顔で言わないで」
「君にとっては十二年後だろう。泣くのが早すぎる」
卒業式の日、壇上の時計は一つだった。
名前を呼ばれ、二人は同じ時刻に証書を受け取る。
その瞬間から、未来の速さが分かれる。
発着場で、バルヌはケルシアの襟を直した。
「映像、ちゃんと入れた?」
「見たら怒ると思う」
「悪口?」
「秘密」
最後の抱擁は、学院の重力下で交わした。
同じ一秒を、同じ長さで持てる最後の時間だった。
「待っていてとは言わない」
ケルシアが言う。
「言われても無理だ」
「ひどい」
「正直」
二人は笑い、手を離した。
〈アレフ〉が出航する。
バルヌは地球へ降り、海岸線へ苗木を植えた。
結婚し、子を持ち、老い、八十四歳で亡くなった。
ケルシアにとっては十二年後、船が太陽系へ戻った。
青い地球は、出発時より森が多かった。
同窓会箱が開封される。
バルヌの映像は、卒業式の日の若い顔だった。
『帰還した君へ。
僕はもういない。
でも、君が見ている森の何本かは、僕が植えた。
僕らは卒業式で別れた。それで正しかったと思う。
君が星を見た十二年と、僕が地球で生きた一生を、どちらも相手を待つ時間にしなくて済んだから』
映像の最後で、彼は少し黙った。
『それでも一つだけ訂正する。卒業したのは恋人という約束からで、君を好きだったことからではない』
ケルシアは箱の前で泣いた。
彼女の証書には、任務十二年。
バルヌの証書には、地球二百八十六年。
卒業した日は同じだった。
別れのあとに生きた時間だけが違った。
窓の外で、彼が植えた森が風に揺れた。
二人が一緒に見られなかった未来を、二人が別々に選んだからこそ残った景色だった。