印章の裏で売れた剣
カルミュの仕事は、完成した剣の鍔裏へ小さな印を彫ることだった。
見える場所には名匠の銘が刻まれ、客はその名に金を払う。カルミュの印は虫眼鏡でも探さなければ分からない。工房の集計では売上寄与7%。名匠は宴席で笑った。
「傷を付けるだけの見習いに分け前は要らん」
カルミュは彫り針を革箱へ戻した。彼女の印は飾りではない。刃に使われた鉱石、火入れの癖、納品経路を線の組み方で記す証明だった。偽物が出ても鍔裏を見れば判別でき、修理の際には刃を壊さず扱える。
名匠は印を廃止し、自分の大きな銘だけを表へ打たせた。ほどなく、同じ銘を刻んだ粗悪な剣が市場へ溢れた。本物を買った客まで疑われ、競売所は工房の剣を預かることを拒んだ。
名匠は怒鳴り込んだ。
「私の顔を知らぬのか!」
競売人は冷ややかに鍔裏を見せた。
「顔は剣に残りません。カルミュの印だけが、誰の炉を通ったか証明していました」
工房へ戻ると、《信用売上印盤》が自動で開いていた。表の銘を見て足を止めた客と、真贋を信じて代金を払った客を分けて算定する遺物だ。名匠の名から伸びた光は展示台で消え、契約成立の光はすべて鍔裏の印へ集まった。さらに修理、転売、紹介の記録までカルミュへ連なった。
名匠は彫り針を床へ投げる。
「見習いの線で、私の名が売れたと言うのか!」
印盤は音もなく答えた。
《名を価値に変えたのは、偽れない証明である》
競売所から届いた箱には、落札を保留された剣がぎっしり収められていた。求められたのは名匠の謝罪でも値引きでもない。カルミュ本人による真贋確認だった。名匠が命じても箱は開かず、認証者の魔力だけを待っている。かつて見習いと呼んだ者の承認なしには、自分の作品を市場へ戻せなくなった。
カルミュは床から彫り針を拾うと、名匠の銘へ検査不合格の札を添えた。もう彼の許可を待つ立場ではなかった。
競売人たちは粗悪な偽物と本物を机へ置き、カルミュの印だけで迷わず分けてみせた。修理職人も、その線から火入れの癖を読み取り、刃を傷めず直せたと証言する。客が名匠の大きな銘を指すことはなくなり、鍔裏の小さな証明を確かめてから代金を払った。名匠が自分の名を消すなと叫ぶと、カルミュは消さない代わりに、検査を通った品だけへ刻むと告げた。王立の役人は名匠の工房印を一時封印し、彼をカルミュの認証講習へ参加させる。見習いと呼んだ相手の前で、彼は初めて彫り針の持ち方から教わることになった。
《真価確定:カルミュ 実売上寄与93%》
《売上順位:末席→首位/役職:銘彫り見習い→王立武具認証長》