反抗期フィルターを解除します
十四歳になると、家庭用対話AIは自動的に〈反抗期フィルター〉を勧める。
子どもの「うるさい」は〈今は一人にしてください〉へ。
親の「誰のおかげで」は〈生活上の責任を話し合いたい〉へ。
扉を閉める音は、柔らかなチャイムへ変換される。
両親は迷わず導入した。
最初の一週間、家は平和だった。
息子が叫んでも、居間の端末は穏やかに読み上げる。
『本人は感情を整理する時間を求めています』
母が「宿題は?」と言えば、息子の端末には、
『あなたの予定を尊重しつつ、進捗を確認したいそうです』
と表示された。
「便利でしょう」
父が言うと、息子は端末越しに答えた。
『評価を保留します』
本当は何と言ったのか、誰にも分からなかった。
ある夜、息子の帰宅が二時間遅れた。
母はフィルターへ向かって怒鳴った。
「連絡くらいしなさい!」
端末は変換した。
『無事を確認できず、不安を感じていました』
息子の返事も変換された。
『自分の判断を信頼してほしいと考えています』
父は「冷静に話せている」と安心した。
息子は端末を床へ置いた。
「違う」
生の声が部屋に響いた。
「俺は、友達が家に帰りたくないって泣いてたから、一緒にいた。母さんは心配したんじゃなく、俺が命令を守らなかったことに怒ってる。父さんは面倒だからAIに任せてる」
母も装置を外した。
「心配もしたし、怒ってもいる! 連絡がなくて怖かった!」
父は言葉を失った。
「俺は……喧嘩になるのが嫌だった」
「喧嘩しないことと、話すことは同じじゃない」
息子が言った。
三人は夜中まで言い争った。
母は、友達の事情を知らずに責めたことを謝った。
息子は、短い連絡すらしなかったことを謝った。
父は、冷静な文章を読むだけで家族を理解した気になっていたと認めた。
翌朝、AIが尋ねた。
〈反抗期フィルターを再開しますか〉
三人で〈いいえ〉を選んだ。
代わりに、暴力的な言葉を検知したときだけ一分間録音を止める機能を残した。言い直すかどうかは、本人が決める。
その日の夕方、母が部屋の前で聞いた。
「宿題は?」
「今やるところ。うるさい」
「その言い方!」
父が廊下から顔を出した。
「AI、必要じゃないか?」
二人が同時に言った。
「いらない!」
家は前より騒がしくなった。
けれど誰の言葉なのか分からない平和より、自分たちの声で作る不格好な会話のほうを、三人は選んだ。