収録三秒前

 寒川理玖が書いた企画書は、備前谷修司の机から戻るたび薄くなった。

「夜勤で働く人を追う? 地味だ。君は取材先の弁当でも数えてろ」

 ところがスポンサー向けの説明会当日、スクリーンにはその企画が映っていた。題名だけ《眠らない街》に変わり、企画・演出の欄には備前谷の名前がある。

 理玖のノートには、夜間清掃員が休憩に飲む甘い缶コーヒーも、救急受付が朝日を嫌う理由も書かれていた。備前谷はそのページをコピーし、「取材メモは局の財産だ」と原本まで机へ入れた。

 説明会の直前には、理玖へ床のテープを貼り直させた。自分は鏡に向かって、発案の苦労を語る練習をしていた。

 理玖は会議室の外で、予備のケーブルと紙コップを抱えていた。

「入っていいですか」

「君がいると若手の習作に見える。呼ぶまで黙ってろ」

 扉越しに、備前谷が語る。

「半年かけて、夜間清掃員、救急受付、始発前のパン工場に信頼関係を築きました」

 実際に通ったのは理玖だった。断られても手紙を書き、撮影しない日にも顔を出し、ようやく三人から同意を得た。

 説明が終わりかけたころ、放送局の法務担当が口を挟んだ。

「出演同意書の原本を確認したいのですが」

「細かい事務は部下が」

 備前谷は扉を開け、理玖へ束を持ってくるよう命じた。

 理玖がファイルを机へ置くと、スポンサーの担当者が一枚ずつ確かめた。同意書には、取材目的、映像の使い方、撤回期限が手書きで追記されている。そのすべてに《説明者・寒川理玖》の署名があった。

「私の指示で書かせました」

 備前谷は笑った。

 法務担当は企画募集システムの受付番号を検索した。今回の候補は社内の匿名審査で選ばれている。採択番号B17。提出時の原本が表示され、作成者欄にも理玖の名が残っていた。備前谷が閲覧したのは、採択通知の翌朝だった。

 スポンサー担当者は押印前の契約書を引き寄せ、演出欄を二重線で消した。

「寒川さんが演出を担当する場合に限り、この企画へ出資します」