召喚獣が教師を選んだ
「能力なしでは、鼠一匹も呼べないぞ」
召喚科の教授ゼブロンは、鳴海蓮司の足元に置かれた無反応の魔法陣を杖で叩いた。課題は低級使い魔を一体召喚し、三秒維持すること。周囲では火蜥蜴や羽猫が現れ、主の肩へ誇らしげに乗っている。
蓮司は召喚術を知らない。トラックに轢かれ、気づけば学院の編入生だった。前世では保護犬施設で働き、首輪を嫌がる動物へ無理に触れないことを覚えていた。この世界でも、使い魔を鎖で引く授業だけは好きになれない。彼が持っていたのは、召喚対象を縛る力ではなく、相手に選ばせる権利だけだった。
《能力・招聘――世界のどこかにいる存在へ、一度だけ「来るか」と問いかける》
「来たい人、いるか?」
蓮司が空の陣へ尋ねると、床の線が消えた。
失敗を笑う声が上がるより先に、学院全体が低く揺れた。雲の上で何か巨大なものが翼を開く。天井を壊すことなく、金色の瞳だけが空間を越えて実技場に現れた。瞳の虹彩一枚が、訓練用の円陣より大きい。
古竜王アグレアス。
神話の壁画でしか知られていない名を、教授が震える唇で漏らした。その竜は三つの王国から討伐軍を送られても、眠りを妨げられたという理由だけで軍旗を灰にした存在だった。学院の最高位召喚陣でも、鱗一枚を呼べた記録はない。
竜王は蓮司を見たあと、試験官席へ視線を移した。教授ゼブロンの膝が勝手に床へ落ちる。壁際に並ぶ契約石は一斉に砕け、学院が強制契約していた使い魔たちの首輪が外れた。
『招かれたゆえ問おう』
声ではなく、全員の胸に言葉が響く。
『この者を試す教師は、どれだ』
誰も名乗れなかった。
蓮司は竜王へ攻撃も命令もしなかった。「来てくれてありがとう」と一礼しただけだ。金の瞳が満足そうに細まり、空間の向こうへ消える。
静寂の中、使い魔たちは次々と蓮司の側へ集まった。教授ではなく、彼の足元で頭を垂れる。
最奥の席から召喚法院総長セラフィナが立ち上がった。彼女は蓮司の受験票を両手で受け取る。
「鼠一匹では判定できません」
総長は、砕けた契約石を見渡した。
「本日より、召喚科はあなたに選ばれる側です」