右だけ鳴るラジオ

 黒瀬湊斗が実家へ戻ったのは、父から「ラジオが壊れた」とだけ送られてきたからだ。卒業式にも就職祝いにも連絡しなかった男が、三年ぶりに頼んだ用事としては小さすぎた。

「右からしか鳴らない」

「モノラルじゃないの」

「昨日までは両方鳴った」

 礼二は古い木箱型ラジオを食卓へ置いた。湊斗は裏蓋を外し、埃を飛ばす。父は懐中電灯を持ったが、照らす場所がことごとくずれている。

「そこじゃない」

「見えない」

「俺の手元を見ろよ」

「見てる」

 その返事に、湊斗は笑いそうになった。昔から、父は見ていると言いながら見ていなかった。吹奏楽の定期演奏会も、音響会社の採用試験も。「音で食えるわけがない」と言って、来なかった。

 配線を追うと、左スピーカーの端子が外れていた。半田が劣化している。湊斗は持参したこてを温めた。

「お前の会社、ラジオもやるのか」

「イベント音響。ラジオは趣味」

「食えてるのか」

「ぎりぎり」

「そうか」

 否定される準備をしていた湊斗は、次の言葉を待った。礼二は何も足さず、懐中電灯の角度だけを直した。今度は、接点がちょうど明るくなった。

 半田が溶ける匂いがした。二人で息を止め、線を固定する。電源を入れると、左からもざらついた音が戻った。ちょうど地域局の番組案内が流れ、金曜深夜の枠名が読まれた。

「これ、お前が裏方やってるやつだろ」

「何で知ってる」

「雑音が多い。すぐ分かる」

「それ、褒めてないな」

 礼二はつまみを回し、周波数を合わせた。選局ボタンの三番には、白いテープが貼ってある。小さな字で「金・二四時」と書かれていた。何週も前から貼ってあったように、端が黒ずんでいる。

 湊斗はラジオを閉じ、半田ごてを工具袋へ戻した。帰ろうとすると、礼二がその袋を食卓の端へ押し戻した。

「次、つまみの接触も悪い」

「今日は直せる」

「今日はいい。番組が始まる」

 礼二は押し入れから折り畳み椅子を一脚出し、ラジオの左側へ置いた。右側には、いつもの自分の椅子があった。