右を見ろ、左は見るな

午前零時十四分、佐良土大河の車載電話に非通知の着信が入った。

『右を見ろ。左は見るな』

右には青信号。左には、工事柵の陰へ身を伏せる男たち。大河がそちらへ目を向けた瞬間、後部座席の丹羽が「走れ」と怒鳴った。交差点へ出た車を大型トラックが横から潰した。

衝撃の代わりに、また零時十四分。助手席の紙コップから氷が一つ鳴る。

三十秒を越えるには、零時十四分三十秒まで交差点へ入らなければいい。それだけが出口だった。

一周目、大河はブレーキを踏み続けた。丹羽が首筋へ拳銃を当て、アクセルを踏ませた。

二周目、右折して細道へ逃げた。黒いバイクが追突し、車は交差点へ押し出された。

三周目、着信を切った。丹羽の携帯が鳴り、同じ声がした。

『右を見ろ。左は見るな』

差分は、丹羽が抱える銀色の保冷箱だけだった。事故のたびに蓋が外れ、青いアンプルが路面へ散る。大河は一週間前、現金五十万円で「中身を聞かない深夜便」を引き受けた。行先は研究所ではなく港。車のローンと母の家賃を払えば、残りはほとんどない。それでも受領書には偽名を書き、荷台を確認しない約束へ自分から署名した。工事柵の陰の男たちは警察の私服だった。

着信は警告ではない。丹羽を検問から逃がす合図だ。トラックも偶然ではなく、証拠ごと車を消すための回収班だった。

次の周回、大河は右も左も見なかった。ハザードを点け、バックで交差点から離れる。丹羽が拳銃を出すより早く、車載録音を警察回線へ送信した。

「俺も共犯です。今からそっちへ行く」

『ふざけるな、走れ!』

「走るよ。逃げる方向と逆にな」

大河は工事柵を抜け、私服警官の立つ臨時詰所へ車を突っ込むように停めた。零時十四分三十一秒。氷がもう一度鳴ったが、時間は戻らない。

銃を捨てろという怒号の中、大河は両手を上げた。銀色の保冷箱も、受け取った現金も、自分の免許も、全部助手席へ並べる。

非通知の電話が再び鳴った。

『右を見ろ』

大河は画面を伏せた。正面には留置場へ続く扉が開いていた。