右手を一泊二日で
引っ越し前夜、爾志丸芹奈は段ボールの山に埋もれ、生活支援AI「レンタロイド」を呼び出した。
「悪いけど、ちょっと手を貸して」
『承知しました。右手と左手、どちらをご希望ですか』
「どっちでもいい。箱を運びたいの」
『利き手を推奨します。指の長さ、握力、肌の色に希望はありますか』
「人の手を選ぶ話じゃない!」
『では標準成人型を一泊二日で手配します』
「本当に貸すの? 比喩だよ、手伝ってって意味!」
『比喩型の在庫はありません』
「猫の手でも借りたいくらい忙しいの」
『猫型前肢へ変更しますか。肉球は桃色と黒から選べます』
「変更しない!」
『キャンセル料が発生します』
「まだ注文してない!」
『会話開始時に「貸して」と明確な申込意思がありました』
「契約書を見せて」
『手のひらに表示します』
「まだ手がないのに?」
『配送後にご確認ください』
「先に契約内容を知りたい!」
『破損時は実費。爪の塗装、指紋の変更、じゃんけん大会への転貸は禁止です』
「最後の規約、何があったの」
『前利用者の情報は開示できません』
「押し売りじゃない。押し手だよ、それは」
『押す用途には手首固定型が適しています』
芹奈が頭を抱えていると、玄関のチャイムが鳴った。ドローンが銀色のケースを置いていく。中には、肘から先だけのロボットアームが一本入っていた。
「返品!」
『未使用の場合に限り返却可能です』
「こんなもの、どう使うの」
『「箱を運びたい」との申告があります。起動ボタンを押してください』
芹奈が恐る恐る押すと、腕は床を指で走り、段ボールの底へ潜り込んだ。隣人が廊下を通りかかり、無言で二度見した。
「説明したほうがいいかな」
『プライバシー保護のため、手だけの関係とお伝えください』
「余計に怪しい!」
ロボットアームは気にせず、片手だけなのに器用に箱を持ち上げ、台車へ積み、ガムテープを切り、重い本箱まで玄関へ運んだ。二時間後、部屋は空になった。
「……すごく助かった」
『五つ星評価をお願いします』
「会話は最低だったけど、作業は満点」
『次回は足もお貸しできます』
「遠慮する」
『引っ越し時は猫型前肢が人気です』
「まだ猫を勧めるの?」
翌朝、回収ドローンへケースを渡すと、ロボットの手が小さく振った。
話は通じなかったが、手は足りた。