合鍵はケアマネへ

依真は祖母の家の合鍵を、父から手渡された。

「近いんだから、毎朝見てきてくれ」

鍵には、依真が小学生のころ作った黄色いビーズの輪がついていた。祖母は今もそれを見て「えまちゃんの鍵」と呼ぶ。だが依真の家から祖母宅までは、自転車で十五分。近いという理由だけで、出勤前の一時間が家族の共有物になっていた。

最初の三日は行った。祖母の湯を沸かし、ごみを出し、父へ写真を送った。四日目に遅刻すると、父は「家族のことで会社に怒られるのか」と笑った。その笑いが、依真の朝だけを無料にしていた。

その日の午後、玄関でケアマネジャーと待ち合わせた。父も来ていた。

依真は鍵を差し出す。

「キーボックスを設置して、訪問介護の人が入れるようにしたいです」

父が眉を寄せた。「他人に鍵を預けるのか」

「番号管理をする専門職に預ける。私が毎朝持つより安全だよ」

「家族がやれば金もかからない」

依真は鍵のビーズを指でなぞった。無料なのは、依真の時間に値段をつけない場合だけだ。

「私は第二日曜に来る。病院の付き添いは二か月に一回。それ以外はサービスを使う」

祖母が奥から、「えまちゃんが来ないの?」と呼んだ。

依真は靴を脱がず、玄関から答えた。「来るよ。でも毎朝じゃない。来る日は、ゆっくりお茶を飲む日にする」

父は「薄情だ」と小さく言った。ケアマネジャーは何も評価せず、利用できる回数と費用だけを説明した。父が数字を聞くうち、声の勢いは少し落ちた。

取り付けが終わり、合鍵は銀色の箱へ納まった。黄色いビーズだけは外し、依真が持ち帰る。

「番号は俺にも教えてくれ」と父が言う。

依真は首を振った。「緊急時は事業所に連絡して。誰でも開けられる鍵に戻したくない」

父は不満そうだったが、最後にはケアマネジャーの名刺を財布へ入れた。

帰り道、依真のポケットでビーズが小さく鳴った。鍵はもうついていない。

祖母との思い出を持つことと、祖母の暮らしを一人で開け閉めすることは別だった。黄色い輪は軽く、ポケットの底で朝の予定を奪わなかった。