合鍵はポストに入れない

奈津の妹から「今夜だけ泊めて」と届いたのは、夕映が玄関の補助錠を閉めた直後だった。

妹の茉緒は十九歳。郊外の実家から一時間半かけて来るという。理由は書いていない。

「家族なら、まず家で話すべきじゃない?」

夕映は言った。彼女は予定外を嫌う。泊まり客用の寝具も、食器も、誰が何時に風呂へ入るかまで決めておきたい。

奈津はメッセージを打つ手を止めた。

「家で話せないから来るのかもしれない」

「かもしれない、で鍵は渡せないよ。ここ、私の家でもあるから」

その通りだった。二人で借り、二人で払っている部屋だ。奈津は返事を消した。

十分後、妹から駅のホームの写真が届いた。裸足にサンダルで、足首に薄い擦り傷がある。文面は「終電、なくなった」だけだった。

奈津が立つより先に、夕映が収納を開けた。来客用の薄い布団を引き出し、シーツを確かめる。

実家では、父が帰宅時間を一分でも過ぎると玄関のチェーンをかける。奈津はそれを厳しさと呼び、夕映は事情を知らないまま家族を悪者にするなと言ってきた。今夜も、その意見は変わっていない。

「泊めるの?」

「今夜だけ。明日のことは明日、三人で決める」

夕映は洗面所から未開封の歯ブラシを取り、台所で水筒に麦茶を入れた。奈津は妹へ電話をかけたが、つながらない。

「合鍵、ポストに入れておく?」

「入れない。知らない人がついてきたら困る」

夕映は自分の上着を着た。

奈津は驚いた。

「迎えに行ってくれるの」

「一人で行かせるつもり?」

そこに優しい説明はなかった。夕映は妹の事情を理解していないし、家出を正しいとも思っていない。奈津も、共同生活の境界を破ることへの夕映の怖さを、軽く扱っていた。

二人は玄関に立った。奈津がスマートフォンの充電器を持ち、夕映が折り畳み傘を三本、鞄へ入れる。夕映は冷蔵庫のプリンに「茉緒」と付箋を貼り、奈津は寝室の引き出しから妹に貸せる部屋着を出した。

補助錠を外したあと、夕映はドア横の合鍵入れを空にした。鍵を奈津の手へ渡し、自分は妹の写真に写った駅名を地図へ打ち込む。

二人は同じ方向へ靴先を向け、夜の廊下へ出た。