合鍵は一つずつ

透子の新居に、母は合鍵を二本持ってきた。

一本には青いカバー、もう一本には黄色いカバーがついている。

「青は私が預かるね。黄色は叶南に」

「どうして叶南?」

「近いから。透子は鍵をなくしやすいし、妹のほうがしっかりしてるでしょう」

段ボールがまだ積まれた部屋で、透子は湯気の消えた紙コップを握った。叶南は窓際で、黄色い鍵を指先にぶら下げている。

昔から母は、透子を「危なっかしい姉」、叶南を「姉の面倒を見る妹」と呼んだ。透子が忘れ物をすれば叶南の責任になり、叶南が疲れた顔をすれば透子のせいになった。

「二人とも持たなくていいよ」

透子が言うと、母は笑った。

「遠慮しなくていいの。家族の保険よ」

「保険に入るって頼んでない」

「何かあったら困るでしょう」

「何かあったら、私が呼ぶ」

母は青い鍵をバッグへ入れようとした。

その前に、叶南が黄色い鍵をテーブルへ置いた。

「私も預からない」

「叶南まで。お姉ちゃんを放っておけるの?」

「放っておくんじゃなくて、任せるの」

透子は段ボールの上に二本を並べた。鍵の歯は同じなのに、カバーの色だけが姉妹の役割を決めているように見えた。

母の顔から笑みが消えた。

「親を締め出すつもり?」

「呼ばずに入れる人を作らないだけ」

「実家の鍵はあなたたちも持ってるじゃない」

「返すよ」

透子は自分のキーケースから、実家の鍵を外した。叶南も少し迷ってから、銀色の鍵を一本取り出す。二本がテーブルで触れ、乾いた音を立てた。

「こんなことで縁を切るの?」

母の声が震えた。

透子は首を振った。

「鍵を返すだけ。会う約束は、鍵がなくてもできる」

叶南が続けた。

「来る前に連絡して。私にも、透子にも別々に」

母は四本の鍵を見つめた。納得した顔ではなかった。それでも青い鍵をバッグから戻し、黄色い鍵と一緒に透子へ押し返した。

透子は二本を封筒に入れた。明日、管理会社へ返す予備鍵だった。

叶南は実家の鍵二本を別の封筒へ入れ、母の名前を書いた。

「お茶、淹れ直す?」

透子が尋ねると、母は「今日は帰る」と言った。

玄関の扉が閉まる。

叶南が息を吐いた。

「私、しっかりしてないよ」

「知ってる。私も危なっかしいけど、自分の鍵くらい持てる」

透子は自分の一本だけをキーケースへ差し込んだ。

叶南も手ぶらのまま、コートのポケットに両手を入れた。