同じ部屋の十二本の鍵
不動産会社《青栞ホーム》の営業主任、戸賀崎修吾は、駅前の人気物件を囮にしていた。
「今、申込金を払わないと他の人に取られます」
実際には入居できない一室を十二組へ紹介し、それぞれから十万円を預かる。返金を求められると、契約担当の芽依が説明を誤ったことにして怒鳴りつけた。
前の入居希望者は、退去日を決めてから部屋が存在しないと知り、幼い子を連れてホテルを転々とした。戸賀崎はその苦情メールを削除し、芽依に「契約を取れない社員より、騙される客の方が悪い」と言った。
その日も、若い夫婦が迷っていると、戸賀崎は机を叩いた。
「この子の手続きが遅いせいで、もう三組待っています。現金なら私が特別に押さえますよ」
夫婦が帰ると、彼は芽依へ十二本の合鍵を投げた。
「明日も同じ部屋を案内しろ。鍵を渡した証拠は残すな。苦情が来たら、お前が勝手に二重契約したと言え」
芽依は十二本を受け取り、一本ずつ番号を確かめた。すべて同じ部屋の鍵だった。彼女は表情を変えず、十二組分の暮らしを思い、鍵管理台帳を差し出した。
「主任の指示で持ち出すので、ここに署名を」
戸賀崎は鼻で笑い、《十二組案内用》と書き足して署名した。
翌朝、宅地取引監査官が来店した。戸賀崎は、芽依が架空物件を作って申込金を盗んだと説明する。
芽依は台帳と、昨日の申込書を提出した。戸賀崎は署名を偽造されたと騒いだが、台帳の紙には本社の電子透かしがある。筆圧と署名時刻、さらに署名した机の位置まで記録されていた。
監査官は十二本の鍵を並べた。すべて同じ錠番号。鍵の持ち出し履歴には戸賀崎の指紋認証が十二回残る。
それでも彼は「客が勝手に払った」と言い張った。
そこで夫婦が入店し、録音を再生した。
――現金なら私が特別に押さえます。
――証拠は残すな。苦情はお前のせいにしろ。
戸賀崎が出口へ向いたとき、監査官が手帳を開いた。
「戸賀崎修吾。宅地建物取引業法違反および詐欺容疑による逮捕状を執行します」