名無しの百二十分

 宇宙居住区で本物の太陽を見るには、展望室の利用時間を買わなければならなかった。

 放射線を遮る窓を開けられるのは、一日に合計六時間。居住者には毎年十秒ずつ配給され、長く眺めたい者は何年も貯める。

 十二歳の冬、私は四十八時間後に視力を失うと告げられた。

 治療法はなかった。

 母は、私に地球の日の出を見せようとした。けれど、二人分の残高を合わせても三分二十秒しかない。

「十分だよ」と私は言った。

 母は端末の前で泣きながら、展望室の空き時間を探し続けた。

 その夜、私の口座へ百二十分が送られてきた。

 送信者欄は〈匿名〉

 添えられた文章は一行だけだった。

〈私は目を閉じても思い出せます。あなたは今、覚えてください〉

 母は管理局へ問い合わせた。誤送金ではないか、礼だけでも伝えられないか、と。だが匿名寄付者の情報は、本人の死後も開示されない規則だった。

 翌朝、展望室の窓が開いた。

 宇宙の黒に、地球の縁が青く浮かんだ。やがて細い光が現れ、雲の山を金色に変えた。

 母は「見て」と何度も言った。

 私は太陽を見た。海を見た。夜の側に残る町の明かりも見た。

 そして、残りの半分は母の顔を見た。

「もったいない」と母は泣いた。

「これも、もうすぐ見られなくなるから」

 二日後、世界は暗くなった。

 けれど百二十分の景色は消えなかった。青は冷たい音、金色は頬に触れる熱として、私の中に残った。

 二十五年後、私は展望室の設計者になった。複数の反射鏡と新しい遮蔽材を使い、窓を一日中開けられるようにした。

 利用料を決める会議で、私は料金欄を空白にした。

「無料では維持できません」と言われた。

「維持費は居住区全体で払います。光を見る人の名前を、選ばないためです」

 新しい展望室には、寄付者の名前を刻む壁を作らなかった。

 代わりに入口へ、あの一行だけを刻んだ。

〈私は目を閉じても思い出せます。あなたは今、覚えてください〉

 開館初日、子どもたちが窓へ駆け寄った。

 私は彼らの歓声を聞きながら、名も知らない人と同じ朝日を見た。