善意の残高
【地域支援サークル・会計確認】
19:06 早蕨環
大学から正式連絡。活動停止じゃなくて、登録取消し。今月末で解散。
19:07 曽我部凪人
例の三万二千円?
19:08 城所弥生
前代表の領収書が出ない件。私たちが使ったわけじゃないのにね。
三人の画面には、同じPDFが開いていた。子ども食堂への寄付金の残高と、帳簿の数字が合わない。金額は大きくない。だからこそ大学は「管理意識の欠如」とだけ書き、誰の善意も疑わずに処分できた。
19:11 環
返金は私が立て替える。
19:11 凪人
それをやったら、足りなかった理由が永遠に消える。
19:12 弥生
でも子ども食堂には関係ないよ。
環は返信欄に何度も文章を打った。〈正しいことをしたい〉。消す。〈誰かが払わないと終わらない〉。また消す。
19:17 凪人
春から銀行の監査部。最初の仕事が、サークルの帳簿を見捨てることになるとは思わなかった。
19:18 弥生
私は保育園。寄付する側じゃなくて、受け取る側の近くに行く。
19:19 環
私は災害支援のNPO。採用取り消されるかも。登録取消しの説明が必要だから。
19:20 凪人
それでも行く?
19:21 環
行く。ここで止めたら、疑われたことより、疑われてやめたことを覚えてる気がする。
弥生が、三人で初めて配膳した日の写真を送った。エプロンの胸に、サークル名を油性ペンで書いた名札が貼ってある。環は笑い、凪人は目を閉じ、弥生だけがカメラの外を見ていた。
19:26 弥生
この写真、募集ページから消す?
19:27 凪人
残すと誤解される。
19:27 環
消すと、なかったことになる。
三人は別々のスタンプを押した。丸、三角、何も意味しない白い花。
19:31 凪人
残高の三万二千円、僕が調べ続ける。就職してからでも。
19:32 環
もう会計じゃないよ。
19:32 凪人
だから調べられる。
弥生は「じゃあね」と送った直後、グループから退出した。彼女はいつも、別れを長引かせると泣く。
環と凪人は、固定されたメッセージを見た。〈善意は、記録して初めて引き継げます〉。入会時、三人で決めた会計方針だった。
解散時刻の二十時、グループ名が自動で〈利用停止〉に変わった。残高欄だけが三万二千円不足したまま、誰にも編集できない灰色になった。