四十二分の乗り継ぎ
航空会社の予約センターで、日比谷佐和は泣きそうな父親の電話を受けた。
地方空港からの便が遅れ、国際線への乗り継ぎは四十二分しかない。父親は、走れば間に合うから予約を残してほしいと言う。同行する娘は車椅子を使っていた。
佐和はPNRを開き、二便の到着口と出発口を確認した。数字だけなら四十二分ある。だが、その空港のMCTは六十分。車椅子の引き渡しと保安検査を含めれば、航空会社が成立すると認める時間を下回っていた。
「走る前提では、お預かりできません」
父親の声が強くなる。翌朝は娘の留学先の入寮日で、遅れれば鍵を受け取れないという。
佐和は元の便に固執するのをやめた。空席検索を出発地からやり直し、到着空港を隣県まで広げた。二時間後に別会社との共同運航便があり、そこから鉄道で目的地へ入れる。座席だけを先に押さえ、車椅子対応が可能か現地へ確認した。
リプロテクトを確定する前に、預け荷物が旧便へ流れないよう手配も止めた。ここを忘れれば、父娘だけが別空港へ着き、薬や衣類の入った荷物は元の経路を旅する。
「入寮には四十分遅れます。でも、管理人さんにはこちらから遅延証明を送れます」
預け荷物には車椅子の予備部品も入っていた。佐和は新しい経路の手荷物タグが発行されたことを確認し、乗り継ぎ空港の係員にも到着口での案内を依頼した。席だけ取れても、地上の移動がつながらなければ旅程は成立しない。画面の空席数では見えない時間を、一つずつ足していった。
電話の向こうで、父親が長く息を吐いた。
「走らせないでくれて、ありがとうございます」
佐和は礼を言われるほどのことではないと思ったが、口にはしなかった。乗り継ぎを売る仕事は、ときどき諦める便を決める仕事でもある。
通話後、現地から車椅子の手配完了が届いた。佐和が記録を閉じると、次のPNRが自動で表示された。
今度は修学旅行の一団、三十七人。
到着予定は、またMCTを十二分下回っていた。