四時十二分の閲覧席
彼女は毎日、四時十二分に図書室へ来た。
時計を見ているわけではない。駅前のパン屋の袋を持ち、窓際の同じ席へ座るのが、いつもその時刻だった。
僕はその三分前から向かいの席にいた。
話したことはない。彼女は文庫本を一冊読み、四時四十七分になると帰る。僕は参考書を開いているふりをして、その三十五分を待っていた。
ある日、席に「使用禁止」の紙が貼られていた。窓の鍵が壊れたらしい。
彼女は入口で立ち止まり、空いている席を探した。僕の隣しかなかった。
「ここ、いい?」
うなずくと、彼女は少し離して椅子を引いた。
いつもの三十五分が、急に長くなった。パンの甘い匂い、ページをめくる指、制服の袖が机に触れる音。参考書の同じ行を何度も読んだ。
四時四十七分、彼女は本を閉じなかった。
「今日は帰らないの」
思わず聞くと、彼女は驚いた。
「時間、知ってるんだ」
しまったと思った。
彼女は時計を見上げた。
「電車、四時五十四分だから」
駅まで七分。毎日きっちり同じ理由だった。
「今日は?」
「乗らない」
次の電車は一時間後だという。
「家に帰ると、進路の話になるから」
彼女は本を閉じた。県外の大学へ行きたいが、家族は地元を勧めている。今日、願書を出すか決める約束をしていた。
僕も参考書を閉じた。表紙には、彼女が迷っている大学の名前があった。
「そこ、受けるの?」
彼女が聞いた。
「受けたい。でも判定が悪い」
「私は判定いい。でも家から遠い」
同じ学校を、違う理由でためらっていた。
図書室では大きな励ましが似合わなかった。僕らは募集要項を一冊ずつ開き、黙って読んだ。学部、寮、奨学金、通学時間。夢ではなく、数字と条件を確かめた。
五時三十二分、彼女は立ち上がった。
「次の電車に乗る」
「帰って話す?」
「願書を書く」
僕も参考書を鞄へ入れた。
「僕は勉強する」
「今まで何してたの」
「四時十二分を待ってた」
言ってから顔が熱くなった。彼女は笑わず、パン屋の袋から小さなクロワッサンを一つ出した。
「待ち時間の分」
翌日、彼女は四時十二分に来た。窓際の席は直っていたのに、僕の隣へ座った。
四時四十七分になっても、二人とも時計を見なかった。
春、結果は彼女が合格、僕が不合格だった。同じ電車には乗れなかった。
それでも四時十二分になると、僕はときどき図書室を思い出す。待つだけだった時間が、初めて前へ進んだ時刻だった。