城砲が避けた老門番
北境都市へ侵攻した将軍メガルザは、城門の前に一人だけ残った老人を見て笑った。
門番オンドゥル。錆びた鍵束を腰に下げ、槍も盾も持たず、門扉へ背を預けている。住民はすでに避難し、城壁の上にも兵はいない。
「降伏の使者か」
「閉門時刻を過ぎています。お帰りください」
その返事に腹を立てた将軍は、攻城弩へ発射を命じた。丸太ほどの鉄矢が老人の胸へ飛ぶ。
オンドゥルは鍵束へ手を置いたまま動かなかった。
鉄矢は直前でわずかに逸れ、攻城軍自身の見張り台を貫いた。兵たちは風向きを確かめたが、旗は垂れたままだ。
「照準手を替えろ!」
メガルザは事故として処理し、切り札の城砲《山崩し》を前へ出した。城門と周囲百歩を一度に吹き飛ばす砲だ。たとえ老人を外しても、背後の門ごと消える。
砲口へ炎が集まり、轟音が平原を揺らした。石片と黒煙が城門を覆い、攻城軍から勝ち鬨が上がる。
煙が晴れる。
オンドゥルは鍵束へ手を置いた同じ姿勢だった。門扉には煤すらなく、砲撃で抉れた地面は老人の靴先から左右へ分かれ、城壁の両脇へ抜けている。
古参兵の一人が、軍学校で見た二百年前の攻城図を思い出した。七つの王国が同じ門を攻め、門番一人に退けられた記録。図の片隅には、今と同じ鍵束を持つ老人が描かれていた。笑っていた兵たちの列が、号令もないのに半歩ずつ後ろへずれる。将軍だけが前に残り、退けば笑われるという理由で砲撃を続けようとした。だが門番は軍勢ではなく、日暮れの鐘を気にして鍵を回している。
メガルザが異常に気づいたのは、照準手ではなく砲弾の軌跡を見たときだ。直進しかできないはずの光弾が、老人と門を避けるため二度も曲がっていた。
「何者だ」
「この門が建つ前から、閉める役をしております」
オンドゥルは鍵を一つ選び、背後の錠へ差し込んだ。
「私は攻撃を防ぎません。戸締まりの邪魔になるものが、勝手に道を譲るだけです」
将軍が再装填を命じ、砲兵が限界以上の魔力を流した。
だが《山崩し》は老人へ砲口を向けたまま耐えきれず、砲身が輪切りになって砕けた。