塩漬けは冷蔵庫にない

証券会社で働く息子を訪ねた釆女斉の母は、受付で巨大な漬物樽を抱えていた。

「この会社で塩漬けを預かっていると聞きまして」

受付係は困惑し、斉を呼んだ。

「母さん、その樽は何」

「救出用よ。あんた、昨日電話で言ったでしょう。部長の塩漬けが三年目だって」

「株の話だよ」

「三年も塩に? もう骨まで味が染みてるじゃない」

「人じゃない」

「じゃあ魚? 野菜? 少なくとも樽の大きさは必要でしょう」

「画面の中にある」

「電子漬物まで始めたの?」

受付係が笑いをこらえる中、そこへ部長が通りかかった。

「釆女君、例の塩漬け、まだ動かすなよ」

母の目が鋭くなった。

「あなたが責任者ですね。どこに隠したんです」

「市場が戻るまで寝かせます」

「寝かせる? 息は?」

「息はしませんが、値は上下します」

「拷問で値段を吐かせているの?」

部長は斉を見た。

「お母さん、何の業界の方?」

「町内会です」

町内会は強い。

母は営業部のホワイトボードを見た。そこには《長期保有》《含み損拡大》《救済待ち》とある。

「含み損まであるじゃない。中で傷んで膨らんでるの?」

部長がうなずいた。

「見ないふりをしています」

「食品なら即廃棄です」

「株でも、たぶんその判断が正しかったです」

部下たちが一斉に目を伏せた。母は樽のふたを開け、手袋をはめた。

「いいですか。塩漬けは長くても半年。三年は食品衛生上、私が許しません」

斉はスマートフォンで株価画面を見せた。

「買った株が値下がりして、売れずに持ち続けることを塩漬けって言うんだ。部長が漬かってるわけじゃない」

母は画面をのぞき込んだ。

赤い数字が並んでいる。

「こんなに減ってるの?」

「だから出せない」

「悪くなるまで寝かせるなんて、漬物としても投資としても失敗じゃない」

部長が小さく咳払いした。

「お母さま、おっしゃるとおりです」

母は樽を受付台へ置いた。

「じゃあこれは皆さんで。損は切れなくても、たくあんなら切れるでしょう」

その日、営業部の昼食だけは景気よく黄色かった。