墓標より静かな帰還

「能力なしの異邦人を墓守にするとは、死者にも失礼だ」

神官は榊原岳の胸に、無地の木札を乱暴に掛けた。

岳は転生して一週間、聖都の共同墓地で土を運んでいた。鑑定盤に職能が出なかったため、誰も望まない夜番へ回されたのだ。生前は葬祭会社に勤めていたが、この世界では祈りの魔法を持たない者に、死者を送る資格はないらしい。

日没直後、墓地の鐘が逆向きに鳴った。

土の中から骨鼠と骸骨兵が這い出す。どちらも低級の不死魔物だが、聖都の結界内で同時に現れること自体が異常だった。夜祭へ向かう市民が門に殺到し、神官たちは浄化陣を組む。

光を浴びても、骸骨は止まらない。

「墓碑を盾にしろ!」

神官長の命令に、岳は首を振った。死者の名を刻んだ石を、もう一度戦いに使う気にはなれなかった。

群れの奥で、破れた法衣を着た巨大な影が立ち上がった。百年前に封じられた黒骨将。低級魔物を外殻にして、結界の内側で復活しようとしている。

岳は墓地の中央へ進み、仕事で何千回もしてきたように、両手を腹の前で重ねた。

「お疲れさまでした。ここから先は、こちらで引き受けます」

彼は一度だけ《完全埋葬》を行った。

風が止まった。

骨鼠は灰にならず、骸骨兵も砕けない。ただ、それぞれが自分の墓を思い出したように向きを変え、静かに土へ戻っていく。黒骨将も剣を落とし、岳へ一礼してから、最古の墓標の下へ沈んだ。

割れていた墓石は継ぎ目なく戻り、消えていた名が浮かび上がる。聖都の浄化力を示す大聖鐘は一度だけ鳴り、そのまま鐘身に細い亀裂を走らせた。測定範囲を超える安息を受けた証だった。

大聖堂の階段で見守っていた教皇セレノが立ち上がり、冠を外した。

「我らは百年、彼らを倒そうとしていた」

教皇の声だけが墓地に響く。

「この方は一言で、帰した」

岳に木札を掛けた神官が、慌ててそれを外そうとした。だが教皇が先に、新しい銀札を差し出す。

墓守ではない。聖都葬送卿。

夜祭へ逃げたはずの市民たちは、門の外で足を止めていた。誰も歓声を上げない。ただ全員が帽子を取り、岳と、静かになった墓地へ同じ角度で頭を下げた。