好き嫌いの盾
榊葉香澄は、鬼束要の目をまっすぐ見て言った。
「私は、あなたが嫌い」
天井の判定灯は緑だった。
要の右には小埜瀬燈。三人の前には、それぞれ他人の犯罪記録が積まれている。壁の規則は一つ。
〈他の参加者について一文を述べよ。嘘と判定された者を脱落させ、最後に残った一名を解放する〉
要は最初に、燈を指して「こいつは弟を殺した」と言った。記録には、燈の運転する車で弟が死亡したとある。しかし事故の原因は整備不良で、故意でも過失でもなかった。
〈虚偽〉
要の首輪が赤く変わる。
燈は香澄の記録を見て、「彼女は会社の金を盗んだ」と断言した。香澄は不正会計を発見した内部告発者で、盗んだのは証拠データだけだった。金ではない。
〈虚偽〉
二つ目の赤灯が点く。
香澄は記録を読まなかった。事実を語れば、主催者が切り取った文脈に引っかかる。そこで、自分の感情だけを述べた。
「嫌いというのは事実じゃない」と要が叫ぶ。
「私の中で起きている事実よ。少なくとも、あなたには否定できない」
『感情を証明することはできません』
「なら、嘘とも証明できない」
だが部屋のセンサーは、香澄の脈拍と扁桃体反応を読んでいた。要が燈を陥れようとした瞬間、彼女の嫌悪は確かに生まれている。
〈感情申告と生体反応、一致〉
主催者は、参加者に他人の罪を暴かせ、正義の名で傷つけ合う映像を撮りたかった。だから「事実について」と限定しなかった。人は他人を語れと言われれば、経歴や罪を語ると思い込んだのだ。
要と燈の首輪に麻酔針が出る。香澄は外れた自分の首輪を拾い、救命レバーを引いた。二人を殺す必要はない。脱落は眠らせるだけで成立する。
『なぜ助ける。嫌いなのだろう』
「嫌いだから殺したい、とは言っていない」
香澄は開いた扉を押さえ、二人を引きずり出した。
この部屋で最も強い言葉は、事実を装った断罪ではなかった。誰にも奪えない、たった一人の感情だった。