娘を迎えに来た偽物
斑鳩諒成は毎夕六時、保育園の門で顔を見せる。緑のランプが点けば、五歳の杏珠が小さなリュックを揺らして走ってくる。本人確認付きの引き渡しになってから、先生も親も名前を名乗らなくなった。
その日はランプが赤かった。
《本児は引き渡し済みです》
「誰に?」
諒成が受付端末をのぞくと、十七時四十二分の映像が出た。自分の顔をした男が、カメラに笑いかけている。杏珠はその手を握り、いつものように跳ねながら門を出ていた。
園の規則は単純だった。同じ保護者の顔が二度現れた場合、最初に本人判定を通った者を正式な迎えとし、後から来た者は誘拐目的の成り済ましとして隔離する。
「合成マスクだ。今すぐ警察に」
先生は諒成から距離を取った。
「先ほどのお父さまも、同じことを言う偽物が来るかもしれないと」
門のシャッターが下りた。諒成が腕を入れるより早く、透明な拘束板が胸を押した。
「杏珠に電話させてください。合言葉がある」
「後発者との通話は禁止です」
諒成の端末だけが震えた。園アプリから、引き渡し完了の記念写真が届く。杏珠は車の後部座席に座り、自分の顔をした男の肩越しに笑っていた。
写真の隅に、杏珠が指で小さな丸を作っている。家で怖い夢を見たときに出す合図だった。
諒成は板を殴った。
「娘は怖がってる!」
判定カメラが彼の歪んだ顔を読み取る。
《登録本人にない攻撃性を検出。合成個体の危険度を上方諒成正》
先生たちは、ほっとしたようにうなずいた。正式な父親は穏やかで、いつも笑っていた。偽物だけが、子どものためにこんな顔をするらしい。
端末へ新しい通知が届く。
《保護者本人から位置情報の共有を拒否されました》
続いて、杏珠の園アカウントが家族一覧から消えた。諒成の目の前で、「父:斑鳩諒成」の横に緑の認証印だけが残る。
道路の向こうを、一台の車が曲がった。後部窓に小さな手が張りついた。
諒成が娘の名を叫ぶと、門はその声を騒音として遮断した。
園のアプリだけは、いつもどおり明るく鳴った。《本日も安全にお引き渡ししました》。諒成の評価欄には、危険な不審者から園児を守ったとして星が五つ並んでいた。