婚姻残高
御園井高惺は毎朝、婚約者の珠季と残り寿命を送り合う。高惺は四十三年。珠季は二十八年。数字の差を見て、「俺が先に老けるね」「私が待ってる」と冗談を言うのが習慣だった。
婚姻届を出す日も、二人は市役所の端末に残高を並べた。
この国では、配偶者間の延命目的の搾取を防ぐため、婚姻成立時に二人の寿命を短い方へ揃える。それだけの規則だった。高惺は十五年を失う。それでも珠季と同じ日まで生きられるならいいと思っていた。
指輪を認証台へ置く。
《婚姻処理を開始します》
その瞬間、珠季の端末が鳴った。
《教育寿命ローンの連帯債務を確定しました》
《残高:十一日》
珠季の兄が返済前に死亡し、保証人だった彼女へ債務が移ったのだ。申告した二十八年から、二十七年余りが一括で引かれていた。
「止めて」
珠季が婚姻取消しを押す。
《処理中です》
高惺も端末を叩く。
「確認前だろ!」
窓口職員が首を振った。
「お二人の生体認証は完了しています」
画面に判定が出る。
《短い方の残高:十一日》
《御園井高惺から四十二年三百五十四日を調整します》
《婚姻成立》
高惺の手首から、年数が滝のように消えた。
四十三年。
十二年。
百日。
十一日。
珠季は声を上げず、端末だけを見ていた。
「離婚したら戻る?」
《婚姻時の寿命調整は財産分与の対象外です》
二人の残りは、十日二十三時間五十九分。
市役所の出口で、記念撮影を促す音声が流れた。
《同じ時間を歩むお二人へ》
高惺は笑った。笑うしかなかった。
「新婚旅行、どこ行く?」
「病院」
珠季の目から涙が落ちる。
「あなたの四十三年、治療に使えないか聞く」
消えた寿命は、誰かへ移ったのではない。長い方を短い方へ揃えるため、市場へ回収された。
同時刻、取引所の在庫通知が出る。
《四十二年三百五十四日を新規入荷しました》
高惺の端末に、購入案内が届いた。
《新婚者向け特別価格》
表示額は、二人が一生働いても払えない金額だった。
珠季は婚姻証明書を握りつぶした。
紙には、二人の死亡予定日だけが同じ日付で印刷されていた。