子どもが眠ったあとの唐揚げ丼

 伊吹戸悠登が息子の寝顔を確かめたのは、午前零時すぎだった。

 小学二年の湊は、宿題の途中で泣き、風呂では水鉄砲をやめず、布団に入ってから喉が渇いたと言った。ようやく眠った今、悠登の腹は夕食を食べたはずなのに、空洞のように鳴っている。

 居間の棚では、ハムスターのきびが回し車を走っていた。

「お前だけ元気だな」

 きびは止まり、頬袋を左右均等に膨らませた。昼間、湊が入れた餌をまだ隠し持っているらしい。

 冷蔵庫には、夕食で湊が一個だけ残した唐揚げと、弁当用に取っておいた二個がある。悠登は三個とも電子レンジへ入れた。温めたあと、フライパンで表面を焼き直す。油がぱちっと跳ね、にんにくと醤油の匂いが、静かな部屋へ堂々と広がった。

 丼へ熱いごはんを盛り、千切りキャベツ、唐揚げ、半熟卵。最後にマヨネーズを細く何本もかける。

「教育上、見せられないな」

 きびが金網を齧った。

「お前も共犯だ」

 ひと口目で衣が鳴り、卵の黄身とマヨネーズがごはんへ流れた。塩気と油が、今日一日ずっと「父親」でいた体へ戻ってくる。

 湊に強い声を出した場面を思い出す。宿題の字が汚い、と言った。急がせたかっただけなのに、息子は鉛筆を握ったまま黙った。

 丼の脇に、小さく折った紙があるのに気づいた。開くと、湊の字で〈パパも しゅくだいしてて えらい〉と書かれていた。悠登が食卓で家計簿をつけていたのを、宿題だと思ったらしい。

 笑うと、胸に残っていた固いものが少し割れた。

「明日、俺も字を丁寧に書くか」

 きびは巣箱へ餌を運び始めた。誰かに見せるためではなく、自分が明日食べるために。

 悠登は唐揚げを一つだけ残し、朝の自分へ譲った。丼を洗い、紙を冷蔵庫へ磁石で留める。

 布団へ戻ると、湊の髪から子ども用シャンプーの匂いがした。悠登の指にはまだ、にんにくと揚げ油の香りが残っている。その二つが混ざる夜なら、悪くないと思った。

 朝になれば、湊は冷蔵庫の紙を見て得意そうにするだろう。悠登は先に謝る言葉を考えず、「おはよう」のあとで自然に話そうと決めた。満腹の腹越しに、息子の小さな踵が一度だけ触れた。