守ったのは試験鐘ひとつ

異世界へ召喚された翌日、鷲尾岳の冒険者登録試験は石造りの訓練場で行われた。

中央には巨大な青銅鐘がある。受験者は魔獣の攻撃から鐘を一分守れば合格。鐘は避難警報にも使われ、ひびが入れば近隣三村の防衛網まで止まるという。岳が防御水晶へ触れると、表面に《耐久11》《魔力0》と浮かんだ。

「魔力ゼロ。お前を壁にするより、鐘の前へ紙を一枚置くほうがましだ」

重装試験官はそう言って、最も弱い受験者用ではなく、見せしめ用の檻を開けた。

出てきたのはA級の鎧巨人だった。直前のB級受験者が三枚の鋼盾を重ねても十秒で吹き飛ばされた相手だ。全身が黒鉄でできた、城門破壊用の魔物。見物席から悲鳴が上がる。試験官は結界の外へ退き、鐘が壊れたら岳の登録料で弁償させると告げた。

岳の視界には一つだけ能力がある。

《不壊指定》

対象一つを、次に受ける一撃から絶対に守る。

自分に使えば助かる。鐘に使えば、二撃目で死ぬかもしれない。見物席の端では、鐘を頼りに暮らす村の子どもたちが耳を塞いでいた。

鎧巨人が大槌を振り上げた。岳は鐘へ掌を当てる。

「守る試験なんだろ」

《不壊指定》を使った。

巨槌が落ちた。

衝撃で訓練場の石床が波打つ。外壁がひび割れ、観客席の結界が白く明滅した。だが鐘だけは、かすかな音すら立てない。

代わりに、大槌の先端から亀裂が走った。

亀裂は柄を越え、鎧巨人の腕、胸、脚へ広がっていく。攻撃の力が一欠片も鐘へ届かなかったため、すべてが打ち込んだ側へ残ったのだ。黒鉄の巨体は動きを止め、無数の破片となって自重で崩れた。

鐘の前に立つ岳には、砂埃一つついていない。背後の子どもたちも無傷だった。

一分を測る砂時計は、まだ半分以上残っていた。

「続けますか」

岳が尋ねると、重装試験官は答えられなかった。訓練場の上階で見ていた王国守護将が、ゆっくり椅子から立つ。彼は国境砦を三度守った男だが、帽子を脱ぎ、鐘へではなく岳へ一礼した。

合格を告げる鐘は鳴らなかった。

鳴らす必要がないことを、その場の全員が理解していた。