完全定着

砥上壮真は出社すると、コーヒーを一口飲む前に《定着率》を開く。

会社が採るのは、退職確率がゼロの人材だけ。応募者の生活習慣や診療予約、家族構成まで読んだAIが、十年以内に自分から辞めない者を自動で内定にする。壮真の仕事は、決まった結果を候補者へ送ることだった。人が面接するより偏見がなく、離職も減った。採用部の壁には「辞めないことは、幸せの証明」とある。

その朝、一覧の一番上に懐かしい名前があった。

久世芹緒。新卒時代、何度失敗しても庇ってくれた元上司だ。壮真が誤発注で倉庫を埋めた夜も、芹緒は怒鳴らず、一緒に朝まで箱を数えた。会社を辞めて地方へ移ったはずだが、戻ってくるらしい。

〈定着率 100.000%〉

〈即時採用〉

壮真は思わず笑った。芹緒なら当然だと思った。彼女は一度引き受けた仕事を途中で投げない人だった。

通知を送る前に、詳細を開く。

〈自主退職 0%〉

〈転職 0%〉

〈契約終了 0%〉

〈生命活動終了 100%〉

コーヒーの苦味が、急に舌に残った。

予測在籍期間は二百三日。開始日は来月一日。終了理由の欄には、病名も事故名もない。ただ〈本人による退職ではない〉とだけある。定着率の計算上、死亡は退職に含まれない。マニュアルの脚注で何度も見た一文が、初めて意味を持った。

壮真は送信を止めようとした。だが内定通知は、定着率が確定した瞬間に自動配信されていた。

電話が鳴る。芹緒だった。

『久しぶり。今、そっちから内定来た。百パーセントだって。私、そんな信用あったんだね』

明るい声の後ろで、駅のアナウンスが聞こえる。

「先輩、最近、病院とか行きました?」

『何それ。入社前健診なら来週だけど。そういえば最近、階段で息切れするかな』

画面には、勤務終了予定日が赤く表示されている。その日付をクリックしても、根拠は〈企業機密〉だった。

『壮真? 採用担当として、おめでとうくらい言ってよ』

彼は祝う言葉を探した。代わりに、社内の健診予約画面を開く。一番早い枠は今日の午後だった。

壮真は芹緒の名前を入力し、〈緊急〉にチェックを入れた。