宛名はつむじ風

宇佐美絵麻は、社内では字のきれいな人だった。議事録も宛名書きも任される総務担当。けれど、帰宅すると〈つむじ風〉という名前で、男性アイドル〈ASTER CODE〉の玲について早口で投稿する。

本名の自分と、つむじ風は混ぜない。そう決めていた。投稿では玲の衣装の刺繍まで語れるのに、職場で好きな音楽を聞かれると『何でも聴きます』と答える。二つの自分が近づくたび、どちらかが偽物になるようで怖かった。

ある朝、受付に大きなファンクラブ限定箱が届いた。通販サイトの住所を会社に設定したまま、宛名欄へハンドルネームを入力してしまったらしい。

受付担当がフロアへ響く声で呼んだ。

「つむじ風さま、いらっしゃいますか?」

笑いが起きた。絵麻は書類で顔を隠したくなったが、箱の側面には玲の新曲ロゴが大きく印刷されている。黙っていれば持ち主不明で返送される。

席を立ちかけたとき、部長の国枝宗介が受付へ向かった。

「私物の宛名を読み上げないでください。社員名が確認できない荷物は、総務で照合します」

国枝は箱を抱え、絵麻の机にそっと置いた。説教を覚悟したが、彼は配送先変更の手順だけ伝えた。

「中身は業務と関係ないので聞きません」

それがかえって、絵麻にはありがたかった。守られることは、秘密を恥と認定されることではない。境界線を自分で選べるようにしてもらうことだった。

昼休み、社内掲示板に趣味交流会の参加募集が流れた。これまでなら閉じていた。絵麻は申込欄へ本名を入力し、趣味の欄で止まる。

〈アイドルのライブ鑑賞〉

さらに備考へ、少し迷ってから書き足した。

〈SNSでは「つむじ風」と名乗っています〉

送信直後、受付担当から謝罪のチャットが届いた。絵麻は「大丈夫です」と返し、段ボールを開ける。中には玲の名前が入った青いタオルがあった。

午後、絵麻はそれを膝掛けの代わりにはしなかった。ただ、箱を隠さず自分の机の横に置いた。宛名の〈つむじ風〉を、黒いペンで消すこともしなかった。