宝石箱は本日中に

菓子店〈ルミエール〉の創業者、橘高織江の遺言は短かった。

〈冷蔵庫の宝石箱を、本日中に三人で分けなさい〉

長男の瑛策は店の大型冷蔵庫を封鎖した。

「温度を上げるな。宝石は結露で傷む」

次女の美鈴が言った。

「宝石を冷蔵する人はいないでしょ。密輸品よ」

末弟の央路はスマートフォンを構えた。

「開封動画を撮ろう。透明性が大事だ」

「再生数を相続財産へ入れる気?」

「広告収入は三等分する」

弁護士と宝石鑑定士まで呼ばれた。銀色の箱は冷蔵庫の最上段に置かれ、リボンで封をされている。

「先に法定相続分を確認しましょう」と瑛策。

「母さんは“三人で分けろ”と言った。等分よ」

「石の価値は均等ではない」

「なら一個ずつ選ぶ」

「最初に選ぶ権利は長男に」

「昭和の家督を宝石へ持ち込むな」

「ではじゃんけん」

「鑑定前に?」

「勝った者が箱ごと」

「分ける気が一秒で消えた!」

三人は店の防犯カメラまで確認した。前夜、織江自身が箱を運び、冷蔵庫へ入れている。

「母さん、最後まで一人で持てた。小粒の宝石ね」

「ダイヤなら軽い」

「真珠なら丸い音がする」

「振って確かめるな」

「じゃあ超音波検査」

「患者みたいに扱わないで」

央路が箱へスマートフォンのライトを当てたが、銀紙は何も透かさなかった。

鑑定士が箱へ耳を近づけた。

「中で何か動きました」

「仕掛け?」

「時限装置?」

「母さん、相続争いを予測して爆弾を?」

「菓子職人を何だと思ってるの」

全員が三歩下がった。弁護士だけが残された。

「なぜ私が」

「第三者だから」

「第三者は爆風を受ける役ではありません」

店の若いパティシエが飛び込んできた。

「まだ開けてないんですか? 社長が最後に作った〈宝石箱〉、今日が消費期限です!」

箱を開くと、ゼリーで固めた果物と飴細工が、赤、青、琥珀色に輝いていた。動いたように見えたのは、溶けた飴が傾いたせいだった。

三人は黙って鑑定士を見た。

鑑定士は咳払いした。

「ルビーではありません。ラズベリーです」

遺言どおり三等分すると、一切れだけ余った。

弁護士が受け取った。

宝石箱の相続は、閉店前に完了した。