家出先は隣のサーバー

 夕食前、蓬田家の十一歳の息子が、リュックを背負って居間へ来た。

「僕、今夜この家を出る」

「何だって?」

 父は新聞を落とし、母は味噌汁の火を止めた。

「急すぎるでしょう。どこへ行くの」

「東の村。友だちが待ってる」

「友だちの家? お母さん、その子の親御さんを知ってる?」

「親はいない。村人だけ」

「事情が重いな」と父が青ざめた。

 息子は床へリュックを置いた。

「ここにはもう住めない。昨日、屋根を爆破された」

「警察!」

「玄関には溶岩を流された」

「消防も!」

「牛も三頭いなくなった」

「牧場まで経営してたの?」

 両親は顔を見合わせた。息子が知らないところで、あまりにも波乱の人生を送っている。

「犯人に心当たりは」

「たぶん同じ組の海賊」

「クラスに海賊がいるの?」

「この前も僕のチェストから鉄を盗んだ」

「チェスト……胸?」

「箱」

「箱なら最初から箱と言いなさい」

 母は努めて冷静に尋ねた。

「お金は持っているの」

「ダイヤ四十個」

「それを今すぐ置いていきなさい」

「僕の財産だよ」

「小学生がダイヤを四十個も持って家出したら全国ニュースよ!」

「食べ物は?」

「焼いたジャガイモが六十四個」

「家出の保存食として偏りすぎてる」

「金のリンゴもある」

「栄養学が幻想的になってきた」

 父は出口を塞いだ。

「東の村まで、どうやって行く」

「ネザー経由なら早い」

「どこの外国だ」

「ポータルを使う」

「家出業界、便利になりすぎだろう」

 息子は深いため息をつき、リュックからノートパソコンを取り出した。画面には、四角い石で作られた家が映っている。屋根はなく、玄関から赤い溶岩が流れ、柵の中は空だった。

「ゲームの家か!」

「最初から『この家』って言った」

「今いる家を指さしながら言うな!」

 息子はオンラインゲームの拠点を、友だちが管理する隣のサーバーへ移すつもりだった。リュックの中身は充電器と菓子で、本人は居間から一歩も出る予定がない。

 両親は安心して夕食を再開した。

「じゃあ、引っ越しは食べてからにしなさい」と母。

「分かった」

「現実の宿題も持っていって」

「それはこの家に残す」

「家出は中止」