家族公認では足りない
「二人は昔から夫婦みたいね」
親同士にそう笑われるたび、霧生栞奈と久我山辰哉は声をそろえた。
「違うから」
隣家で育ち、同じ幼稚園、同じ小学校。辰哉が大学で町を出るまで、朝も夕方も一緒だった。周囲が勝手に未来を決めるほど、二人は意地になって否定した。好きだと気づいたころには、認めれば親たちの予言に負ける気がしていた。
七年ぶりの再会は、栞奈の母が営むパン屋だった。改装を手伝うため帰省した辰哉が、開店前の厨房でクリームパンを並べている。
「形、相変わらず不ぞろい」
「栞奈が丸めたのよりはまし」
口調だけは昔のままなのに、腕時計もシャツも知らない大人のものだった。翌日にはまた大阪へ戻ると聞き、栞奈は胸の奥をこねるような痛みを、焼きたての匂いの中へ黙って押し込んだ。
閉店後、両家の親が小さな歓迎会を始めた。案の定、母が笑う。
「もう本当に二人で店を継いでくれたら安心なのに」
栞奈は反射的に「違うから」と言った。けれど隣の辰哉は言わなかった。
代わりに、テーブルの下で栞奈の手を取る。皆から見えない場所なのに、指は逃がさない強さだった。
「店を継ぐ予定はないよ」
辰哉は親たちへそう答え、スマホを栞奈へ向けた。来月から月二回、この町で在宅勤務をする申請が承認されている。金曜夜の新幹線も、三か月先まで予約済みだった。
「帰る理由は、自分で決めたから」
誰のことかは言わない。けれど辰哉は、テーブルの下で栞奈の手を握ったまま、来週の夕食の予定を送ってきた。参加者は二人だけ。
栞奈は承諾を押し、件名を《幼なじみ会》から《栞奈と辰哉》へ変えた。
母が首をかしげる。
「今、二人で何をこそこそしてるの?」
栞奈はもう「違う」と言わなかった。つないだ手をテーブルの上へ出し、辰哉の名前を呼ぶ。
「クリームパン、明日の朝も焼ける?」
「栞奈が食べるなら」
二人は昔から夫婦みたいだったのではない。
周囲に決められた未来を否定し続けた末、その夜初めて、自分たちで次の朝を選んだ。