家賃の最後の日
退去通知は、共有テーブルの中央に置かれていた。
〈賃料の度重なる遅延により、契約を更新しません〉
「私のせいって言いたいんでしょ」
芦原未緒が封筒を指で弾いた。先月の家賃を十日遅らせたのは彼女だ。だが「度重なる」と複数形になっている。
椎名大地はノートパソコンから目を上げなかった。
「別に」
「別に、で済ませる顔じゃない」
遠山比呂が間に座り、三人分の缶ビールを開けた。退去期限まであと四日。今夜は送別会という名目だったが、誰も乾杯を言わない。
「俺、管理会社に連絡した」
大地が言った。
未緒は笑いを消した。
「告げ口?」
「二階の非常階段、腐ってた。直さないなら消防に相談するって」
「それで追い出されたの?」
「たぶん。遅延は口実」
比呂が缶を置いた。
「じゃあ言うけど、僕は二か月前に更新しないって伝えてた」
二人が同時に振り向く。
「姉と住む。病気、また悪くなったから」
「聞いてない」
「今、言った」
未緒は通知を裏返した。白い紙の上に、三人が言わなかったことばかり並んでいる気がした。
「私は温泉宿。住み込みの仲居」
「就職決まったの?」
「選考落ち続けて、そこだけ」
大地は缶を一口飲み、「俺は院」と言った。
「建築。安全な家を設計したい、って面接で言った」
「この家を直せなかったのに?」
「だからだよ」
責任の所在は、もう誰にも一つに絞れなかった。未緒の滞納、大地の通報、比呂の解約。三人がそれぞれ自分を守ろうとした結果、家は先に終わった。誰か一人を悪者にできれば、別れはもっと簡単だった。
「乾杯する?」
比呂が尋ねる。
「何に」
「退去先があることに」
未緒は鼻で笑い、大地は缶を上げた。三本が触れた音は、薄い壁の向こうへ簡単に抜けた。
飲み終えると、比呂は自分の椅子だけ先に畳んだ。姉の病院へ行くため、始発で出るという。テーブルには二脚と、退去通知が残った。
未緒は空いた場所へ封筒を滑らせた。紙はそこで止まり、まるで最初から、その一席だけ誰のものでもなかったように見えた。