封をしない箱

片桐周は、日曜日に出ていくつもりだった。

原因は小早川朔の一言だった。「ここは宿じゃない」。夜中に帰り、朝には消え、掃除当番を忘れ、家賃だけ振り込む周へ向けた言葉だ。正しかったからこそ、周は腹を立てた。

土曜の午後、通販で集めた段ボールを組み立てていると、住人たちが軍手を持って入ってきた。

「何」

「引っ越し手伝う」

「頼んでない」

「階段で壁を削られたら敷金が減る」

朔はガムテープを歯で切り、周の本を小箱へ詰めた。謝罪も引き留めもない。共有棚に置きっぱなしだった工具、映画のディスク、充電器が次々に自分の荷物へ戻ってくる。

周は奇妙に苛立った。誰か一人くらい、残れと言うと思っていたのだ。

最後に、台所の上段から土鍋が下ろされた。入居初日に周が持ち込んだものだ。冬は全員で使ったが、春以降は油染みのついた布に包まれていた。

「これは置いてく」

周が言うと、朔は送り状を差し出した。

「お前のだろ」

「でかいし、次の部屋じゃ使わない」

「次、ワンルーム?」

「カプセルホテル。部屋はまだ決めてない」

初めて、手が止まった。

朔は事情を聞かなかった。代わりに土鍋を箱から出し、流しへ運んだ。焦げを重曹で落とし始める。周も横に立ち、金たわしを取った。

二人で磨くと、底の黒ずみは薄くなったが、完全には消えなかった。

「ここは宿じゃないって言ったのは」

朔が水を流しながら言う。

「帰ってこない奴の当番を、いつまで空欄にするか分からなかったからだ」

「追い出したかったんじゃなく?」

「追い出すなら、土鍋まで梱包する」

夕方、荷物は玄関に積み上がった。朔は退去用の鍵返却袋を箱の上へ置いた。周はそれを見てから、送り状を一枚取り、土鍋の箱に貼る。

宛先には次の住所ではなく、シェアハウスの名前を書いた。

「日曜、内見してくる。決まるまで三日だけ延ばす」

「掃除当番は月曜」

「それは宿泊料に入らないのか」

「入らない」

周は土鍋の箱だけガムテープを貼らず、共同棚の前へ戻した。ほかの荷物は玄関に残ったままだったが、その箱の蓋は夜になっても開いていた。