山門の番茶

 柏木原灯子は、配達の途中で寺の山門へ逃げ込んだ。

 自転車の荷台には、濡らせない書類が入っている。雨具を着る間もなく降り出した雨は、石段を白く霞ませた。

 山門の内側には、作務衣姿の若い僧がいた。

 箒を持ったまま、灯子の自転車を見ている。

「ここ、置いても大丈夫ですか」

「仏さま宛てでなければ」

「普通の請求書です」

「それは濡らしたくないですね」

 僧は笑い、奥から古い毛布を持ってきて荷台へ掛けた。

 雨はしばらく止みそうになかった。

 二人は門の端へ腰を下ろした。僧が小さな水筒から番茶を注ぐ。

「配達中ですよね」

「はい。時間指定はないので」

「では、雨指定ですね」

「それは聞いてません」

 灯子は番茶を受け取った。

 湯気には焙じた葉と、どこかで焚かれている線香の匂いが混じる。

 石段の脇では、雨を受けた苔が濃い緑になっていた。

「毎日、掃除しても葉が落ちますよね」

 灯子が箒を見て言う。

「毎日落ちるから、毎日掃きます」

「終わらなくて嫌になりません?」

「終わるために掃いているわけではないので」

 僧は門の外を見た。

「今日、歩く人が滑らない分だけで十分です」

 灯子は、自分の仕事を思った。

 届けても届けても次の封筒が増える。終わらないことが、自分の要領の悪さのように感じる日もあった。

 けれど郵便も配達も、なくなるために運ぶのではない。今日の誰かへ届けば、それでよいのかもしれない。

 雨脚が弱まると、僧は立ち上がり、石段の落ち葉を一か所だけ掃いた。

「全部やらないんですか」

「濡れた葉は重い。続きは晴れてから」

 灯子も自転車の毛布を外した。

 書類は乾いたままだった。

 山門を出る前、灯子は水筒の蓋を返した。

「ごちそうさまでした」

「次は雨でなくてもどうぞ」

「そのときも番茶あります?」

「雨よりは確実です」

 石段を下りると、雲の隙間から薄い光が差した。

 濡れた杉と線香、番茶の香りが上着へ残っている。

 灯子は次の住所だけを確認し、その先の件数は数えなかった。

 雨上がりの道は一通ぶんずつ光り、車輪の下で静かに乾き始めていた。