年齢は資産だった

延命都市では、若さを一年買う値段が三百万円だった。

風祭依都と鯨井耀は、二十七歳のとき同じ出版社で出会った。

依都は校正者、耀は創業家の跡取り。二人は家族に反対されながらも同棲し、十年を過ごした。

三十七歳の春、耀の父が彼を後継者にする条件として、若化処置を受けさせた。

会社の顔が老いてはいけない、という理由だった。

耀の身体は二十七歳へ戻った。

依都は三十七歳のままだった。

最初は冗談にした。

「年下の恋人みたい」

「十年分、敬語にする?」

だが五年、十年と経つうち、街では依都が母親に間違われるようになった。

耀は毎年処置を受け、二十代の顔を保った。

依都は処置を断った。自分の給料では払えないし、耀の家の金で若くなることも嫌だった。

「結婚すれば、家族枠で受けられる」

耀は何度も言った。

「あなたの妻になる前に、鯨井家の資産になる」

「そんなつもりじゃない」

「つもりで制度は変わらないよ」

依都が六十二歳になった年、耀は見た目も身体も二十九歳だった。

二人で歩けば、人々は奇妙な目を向けた。写真を撮ると、共に過ごした三十五年が依都の顔にしか残らなかった。

「別れよう」

依都は編集部を退職した夜に言った。

「年齢のせいなら、処置を受ければいい」

「その言葉が、いちばんつらい」

彼にとって老いは、金で直せる不便だった。

依都にとっては、二人で生きた日々が身体へ積もった形だった。

「私はあなたと年を取りたかった」

「僕だって」

「違う。あなたは私を若くして、同じ場所へ戻したいの」

「失いたくないんだ」

「私はもう、失われる側として愛されたくない」

最後の夕食で、耀は昔と同じ辛いカレーを作った。

依都は半分しか食べられなかった。胃も年を取っていた。

玄関で耀が言った。

「僕は何歳になれば、君に追いつける?」

「処置をやめた日から」

けれど彼が処置をやめれば、会社も家も失う。

依都は、それを愛の証明として要求しなかった。

二人は別れた。

二十年後、依都は八十二歳で亡くなった。

耀は葬儀の後、初めて次の若化予約を取り消した。

鏡の中の顔は、彼女と出会った頃のままだった。

その日からようやく彼も老い始めたが、隣で同じ季節を数える人はもういなかった。

年齢は買えた。

二人で年を取る時間だけは、あとからどれほど払っても買い戻せなかった。