幸福予測は別れを推奨する
市役所の未来相談端末は、迫水弓月と乾暁路の一万通りの世界線を計算した。
結果は簡潔だった。
〈交際継続時の共同幸福率 18.4%〉
〈関係解消時の個別幸福率 99.8%〉
〈推奨――六十日以内の円満な別離〉
「役所に別れろと言われた」
弓月が言った。
「納税以外でここまで指図されるとは」
暁路は端末の内訳を開いた。
交際を続けた世界線では、暁路が小さな食堂を継ぐため町へ残り、弓月が南極観測隊を辞退する。
別の世界線では弓月が南極へ行き、暁路が店を閉めて同行する。
遠距離を選んだ線では、どちらも相手が犠牲にした回数を数え始める。
「全部、ありそう」
弓月が笑う。
「機械のくせに性格が悪い」
「私たちに似たのかも」
二人は端末へ質問した。
〈二人とも夢を諦めず、一緒に幸福になる世界線は?〉
画面に一件だけ表示された。
暁路の父が店を継がず、弓月が南極を目指さず、二人がそもそも出会わない世界だった。
「出会わなければ幸せ、か」
「統計的にはね」
「腹が立つな」
帰りに、二人はいつもの食堂でオムライスを半分ずつ食べた。
別れ話は思ったより普通に進んだ。
「六十日待つ?」
「端末の推奨に従うの、悔しい」
「じゃあ今日」
「もっと悔しい」
結局、三日後に別れた。
弓月は観測隊へ入り、暁路は食堂を継いだ。
予測どおり、二人はそれぞれの仕事で成功した。
五年後、弓月が一時帰国し、食堂へ来た。
暁路は以前より上手に卵を巻き、弓月は以前より日焼けしていた。
「幸福率、当たった?」
暁路が訊く。
「たぶん」
「俺も」
「それでも、別れなかった0.2%を考える?」
「たまに」
二人は笑った。
復縁しようとは言わなかった。
未来予測が正しかったからではない。
別れたあと得たものを、今さら相手のために間違いにはしたくなかったからだ。
会計のとき、暁路はレシートの裏へ書いた。
〈出会った世界線の幸福率――計測不能〉
弓月はそれを財布へ入れた。
一緒に生きる未来は選ばなかった。
けれど別れれば幸福だったからといって、愛し合った過去まで不幸だったことにはならなかった。